
「結局のところ、日本は米国と違って簡単には社員を解雇できないでしょ。だから意味がないんだよね」。30年も前から、こんなセリフを日本企業の経営幹部から何度聞いたか分からない。「だから意味がない」の主語はIT投資である。ただ最近では「だから無理」と言う人も出てきた。何が無理かというと、本格的なDX(デジタルトランスフォーメーション)である。
多くの読者が認識していると思うが、日本の終身雇用制度とITは恐ろしいほど相性が悪い。「何だそれ。意味が分からないぞ」と言う人も、これからおいおい説明していくので安心してほしい。まずは結論として何を言いたいかを先に書いておく。それは「もっと解雇を容易にせよ」である。この「極言暴論」を書いている私でも「解雇を容易に」は暴論中の暴論だと思う。ただ、そうでもしないと、デジタル革命の時代に日本企業は生き残れないし、多くの人がまともに暮らしていけなくなってしまうぞ。
少し先走って書いてしまったので、話を元に戻す。「簡単には社員を解雇できないから意味がない」だが、これは基幹系システムの刷新の際によく聞かされたネガティブな意見だ。その中でも最も強烈だったのは、10年以上も前に大企業の社長にインタビューしたとき、この社長の口から出てきた言葉である。実は、その企業が大規模な基幹系システム刷新に取り組もうとした際に、CIO(最高情報責任者)に話を聞いたことがあった。それから随分と日はたっていたが、社長にそのプロジェクトの成果を聞いてみたのだ。
すると、社長は「あのプロジェクトはゴーサインが出る直前だったが、投資対効果が全く見込めないので、私が経営会議で強く主張して中止してもらった」と意外な話をした。何でも、役員に昇進した際にシステム刷新計画の詳細を知り仰天したのだという。投資額は膨大なのに、その効果の説明は曖昧。これは駄目だということで「潰さなければと思った」とのこと。後に社長になる人だけのことはあったのか、新任役員の主張は経営会議を通った。で、CIOは退任に追い込まれたそうだ。
この社長によれば、基幹系刷新に限らずIT部門が上げてくるシステム化計画のほとんどは駄目だという。「効率化が図れるとか、生産性が上がるとか、いろいろと数字を並べているが、システムによって不要になった人がいなくなるわけではない。実際のコスト削減効果をほとんど見込めないシステムに大金をつぎ込むわけにはいかない」。社長はそんな話をした。要するに「日本は米国と違って簡単には社員を解雇できないのだから、効率化のための大規模なIT投資は意味がない」というわけだ。
技術者の読者からは「日本企業の経営者はこれだから駄目なんだ」との声が聞こえてきそうだが、この社長の話はある意味、本質を突いている。日本企業の場合、単に業務の効率化のためにシステムを導入するのなら、大概は失敗に終わる。仮に数十人、数百人の業務をシステムに置き換えたとしても、その人たちを解雇するわけではないから人件費はそのまま。なのに新システムの減価償却費やライセンス料などが乗っかってくるから、全体ではかえってコスト増になったりする。米国企業などとIT活用の前提条件が異なるわけだ。
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