霞が関では「DX」と「行政改革」は別概念

 技術者の読者、ひょっとしたらデジタル庁に関係する読者から「いや、それは違う。バレないはずがない。システム開発に失敗したら断罪されるではないか」といった反論が出るかもしれない。だが、それは勘違いだ。私が言っているのは行政のDXであって、個々のシステム開発の話ではない。DXを単なるデジタル化、システム化の問題に矮小(わいしょう)化して論じてはいけない。

 ただ、行政のDXを単なるデジタル化の問題として捉えてしまうのは、仕方がない面もある。何度も言っているように、DXとは「デジタル(=IT)を活用したビジネス構造の変革」だ。広い意味では行政機関の業務も「ビジネス」なので、行政のDXもこの定義で問題ないのだが、もう少し行政寄りにカスタマイズしてみよう。すると「デジタルを活用した行政改革」となる。ところが不思議なことに、霞が関かいわいではDXと行政改革は別の概念なのである。

 何でそんなことが言えるのかというと、デジタル改革相(デジタル庁発足後は「デジタル相」)と行政改革相の2人の大臣がいるからだ。大臣が別にいるということは、担当する役人らも別だし、そもそもデジタル改革(DX)と行政改革が別概念であることを示している。これは本当にナンセンスな話である。行政改革は省庁再編など「組織に手を突っ込む」というニュアンスが強いものの、デジタル革命の世なのに「デジタルを前提としない行政改革」なんてあり得るのだろうか。

 いずれにせよ行政改革とは別概念なので、行政のDXではDXの魂であるはずの「X」、つまり「トランスフォーメーション=変革」の影が薄くなる。実際、発足したデジタル庁の役割を見ると「行政のDXを担う中核組織にはなり得ないよね」という感がある。そういえば、この「極言暴論」と対をなす私のコラム「極言正論」の記事で、国の行政機関を巨大企業グループと見立てると、デジタル庁はその企業グループの持ち株会社に設置されたIT部門に相当することを示した。

関連記事 新設のデジタル庁に潜む将来の禍根、目指すDXは「デジタル分野の変革」なのか?

 本当に、デジタル庁は持ち株会社に設置されたIT部門とそっくりなのだ。そもそもデジタル庁を設置した問題意識からして、企業のそれと同じだ。従来はグループ会社に相当する各省庁で独自にシステムを構築・運用してきたため、省庁間でのデータ連係ができていなかった。しかも各省庁のIT部門には人材が不足し、システム開発などはITベンダー任せ。ITベンダーに支払う料金が適正かどうかも不透明だった。顧客である国民に向けたシステムも各省庁によってバラバラで、使い勝手の悪い代物だった。

 デジタル庁はこの問題の打開を図る。まさに持ち株会社にIT部門を設置するのと同様の発想で、行政のデジタル/ITに関する権限の多くをデジタル庁に集約したわけだ。しかも、システム内製化などのためにIT人材を中途採用するのも、DXを推進しようとする企業の取り組みと同じだ。さらに「サプライチェーンを構成する企業」とのデータ連係などのために、そうした「企業」のシステムの標準化などにも手を伸ばす。何の話かと言うと、デジタル庁が主導する地方自治体のシステムの標準化、クラウド化の件だ。

 どれもこれも日本企業が取り組んできた、あるいは取り組みつつあるIT部門改革、システム開発運用体制の見直し、IT予算の一元化などとうり二つである。だから、それ自体は悪くない。どんどん推進すべきことでもある。だが、少しおかしくないかい。極言正論の記事でも指摘したが、これだけなら「デジタルによる変革(行政改革)」ではなく「行政におけるデジタル分野(システム関連)の変革」にすぎない。

次ページ デジタル庁はIT絡みの勧告権しかない