世界に類を見ない人月商売のIT業界を「保有」する日本の不幸について考える。この「極言暴論」ではこれまでも、人月商売のIT業界の存在がいかに日本を不幸にしてきたかについて、手を替え品を替え論じてきた。ただ、外国と比較してどうこうとはあまり言ってこなかった。最近、外国と比べてみてちょっと背筋が寒くなった。それほどやばい。今回はこの件について暴論してみることにする。

 「あまり外国と比較していない」と書いたものだから、読者の中には失笑する人もいるかと思う。そして「木村はしょっちゅう『米国では』などと書いていたではないか」と突っ込むことだろう。確かに私は、何かと「米国では」を連呼する識者らを米国出羽守(「べいこくでは」のかみ)とからかいながら、自らも極言暴論などで米国出羽守を演じてきたのだから、これはやむを得ない。ただし、今回の暴論で比較する外国は米国だけではないのだ。

 ちなみに私は30年以上もIT系の記者をやっており、日本のIT産業の輝ける時代を知っている。だから、今でもちょっと勘違いしてしまうことがある。米国に思い切り差をつけられただけでなく、韓国やインド、中国などの新興国にも抜き去られて久しいのに、「日本のIT産業は米国の次だったよな」と寝ぼけたことを思ってしまったりすることだ。実際には、輝ける時代のIT産業はもはや存在せず、そこには異様に肥大化し、IT産業の体を成していない人月商売のIT業界があるのみである。

 人月商売のIT業界がIT産業の体を成していないというのは単純な話だ。いやしくも産業という以上、最新の技術や画期的な製品サービスを生み出して世界をリードするものであらねばならない。その点、30年前の日本のIT産業は、当時の覇者である米IBMに比べればはるかに弱小だったが、富士通、NEC、日立製作所らがメインフレームなどでガチンコ対決を挑んでいた。日本以外の国では、IBMによってメインフレームはほぼ絶滅状態だったから、日本のIT産業は米国に次ぐ位置にあったのは事実だ。

 ただ、それも今は昔。メインフレームからPCベースのクライアント/サーバー・システム、そしてクラウドへとアーキテクチャーがシフトし、覇権もIBMから米Microsoft(マイクロソフト)、そしてGAFAへと移るなかで、日本のITベンダーは変化を追いかけられずにまともなIT産業から脱落する。そして今や、GAFAやマイクロソフトなどの製品サービスを使って、客の企業から要求されるままにシステムをつくるという、ご用聞きの人月商売に落ちぶれてしまったわけだ。まさに「落ちぶれて、すまん」である。

 今はデジタル革命の時代なのだから、IT産業は最も重要な産業であると言ってよい。だから「落ちぶれて、すまん」状態であっても、これまでIT産業が発展していなかった国々に比べれば、あるだけましと言えるかもしれない。だけど、である。こんなものがあるために、日本全体のIT力、あるいはデジタル力はどんどん劣後している。もはや米国の背中は見えないが、これから先、新興国や発展途上国にどんどん追い抜かれていくだろう。だからこそ「外国と比べると背筋が寒くなる」わけだ。

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