「利用部門のせい? 悪いのはIT部門やベンダーでしょ」

 確かにシステム刷新において、現行通りは最悪の要件と言ってよい。以前に書いたことがあるが、「ゲンコウドオリ」はまさにプロジェクトを崩壊に導く滅びの呪文である。利用部門のたっての要求に押されてIT部門がこの呪文を唱えると、大規模なシステム刷新の場合ならプロジェクトは壮絶なデスマーチとなり、何人もの技術者が心身を病んで途中で倒れたりする。その揚げ句、プロジェクトは空中分解する。ITベンダーと客の信頼関係も木っ端みじんになり、訴訟沙汰に一直線という滅びの道をたどる。

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 なぜ「ゲンコウドオリ」が滅びの呪文であるのかは、技術者なら先刻承知のはずだ。新しいシステムでも「現行通りでないと」と利用部門が言うような企業は、システム刷新で業務改革に取り組むといった発想がないから、現行のシステムを10年、20年と長く使い続けてきたケースが多い。長年改修を続けた基幹系システムの中身はぐちゃぐちゃ。「田舎の温泉宿」に例えられる継ぎはぎだらけのシステムとなり、プログラミングコードもスパゲティ状態となっている。

 下手をすると仕様書など当時の開発ドキュメントは散逸し、残っていたとしても場当たり的な修正ばかりで、もはや用をなさなかったりする。つまり、刷新するシステムは複雑怪奇な代物だ。IT部門のリストラで、プログラムを改修してきた保守運用担当者もわずかしかいないとなると、システムの大部分がブラックボックス化してしまっている。それを現行通りに刷新するのだから恐ろしい。そんな訳なのでITベンダーはもちろん、少しものの分かったIT部門なら、絶対に現行通りのシステム刷新などごめん被るはずである。

 ところが利用部門の人たちからすると、そんなことは知ったことではない。以前、ある大企業の利用部門の人に、現行通りという要件が原因で基幹系システムの刷新プロジェクトが破綻したという話をしたら、その人から「それって利用部門のせいですか。悪いのはIT部門やITベンダーのほうでしょ」との反応が返ってきた。そして次のように言った。「システムを切り替えるのは、IT部門や金もうけしたいITベンダーの都合でしょ。利用部門としてはOKするが、せめて現行通りじゃないとね」。

 この人の反応に、当時の私は虚を突かれた。「いやいや、失敗したら利用部門も困るでしょ」とレベルの低い反論しかできなかったのを覚えている。その後、この件をいろいろと考えてみたが、確かにその人の言うことには一理ある。通常、システムなどのIT関連コストは利用部門に配賦されている。つまり、システム利用料を支払ってきたわけだ。にもかかわらず、突然「これまで業務で使ってきた機能が使えなくなる」、あるいは「やり方を変えてもらわないといけない」などと言われたら、そりゃ怒るよね。

 断っておくが、これは業務改革に伴うシステム刷新の話ではない。システムの老朽化に伴う単なるシステム刷新の話だ。単なるシステム刷新なら、それこそIT部門の都合。利用部門からすれば、システムの切り替えの際に多少の不便や迷惑を被るのは許容できても、現行通りだけは譲れない。というか、譲れるわけがない。仮にIT部門が「機能追加などの皆さんの要求に応えてきた結果、現行通りでのシステム刷新は無理です」とでも言ったなら、「それでもITのプロか。我々のせいにするなよ」と激怒するはずだ。

 なので利用部門の人たちからすると、現行のシステムと全く同じ機能を要求することがわがままだとか、くだらない要求だなどと言われるのは理不尽なことだろう。IT部門やITベンダーが利用部門のトップやプロジェクト担当者をうまく丸め込めたとしても、部内事務を一手に担っている人や、営業成績などが良い声の大きい人が「ふざけるな」と言い出せば、プロジェクトの途中であっても修羅場となる。「それじゃ我々の仕事が回らないじゃないか」とすごまれて手戻り発生。デスマとなり、場合によってはプロジェクトが破綻してしまう。

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