「我が社のDX」を語るようになった今、悔い改めたか

 まだ「製造業(の経営者)にとって、まともなIT戦略の必要性がなかった」点についてはっきりと説明してはいないが、そういうことかと気づいた読者も多いことだろう。製造業にとって、システムに「基幹系」というご大層な名称を付けたところで、主に間接部門のためのシステムであり、せいぜい現場のお役立ちツールにすぎない。だから、最初に高額なコンピューター(当時はメインフレーム)を導入する際には、それなりの経営判断が必要だが、一度導入してしまえば経営者の「出る幕はない」というわけだ。

 もう少し具体的に言うと、基幹系システムなどを現場のお役立ちツールとして一通り導入してしまえば、後は現場の利用部門とIT部門の創意工夫でカイゼン(システム改修)していけばよい。これが製造業の歴代経営者のITに対する感覚だった。まさに日本の製造業が世界に誇る現場力を、システムにおいても発揮してもらえればよかったのである。だから、システムは10年でも20年でも平気で使い、どんぶり勘定に近い年度ごとのIT予算の中で、現場の要望通りのシステムへと改修し続けることでOKだった。

 そんな訳なので、日本の製造業にはまともなIT戦略の必要性がなかったし、経営者は「ITを分からない」状態でも一向に構わなかったのだ……。さすがに「ちょっと待った! 一体何を言っているんだ?」との読者の怒号が聞こえてきそうである。「製造業もカイゼンのような部分最適ではなくて、全体最適の実現に向けてITに戦略的に投資する必要があるはずだ」といったところだろうが、その通り。ただし、それは客観的に見ての話だ。当の経営者たちは、そんな必要性をさらさら感じていなかったわけだ。

 それにIT戦略は単独では存在し得ない。企業をどう変革するか、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)をどう実現するかといった経営戦略や事業戦略がまずあってこそ、IT戦略はその一部として存在し得る。だが日本企業、特に大手製造業は事業部門連邦制であり「勝手にやっている現場の集合体」だ。経営者は他の役員のシマである事業部門に手を突っ込むことになるBPRなどを実施しようとは思わない。だから真の意味でのIT戦略は無用で、せいぜい「現場のお役立ちツールをどうするか」をIT戦略と称するだけである。

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 他の業種の企業は、先に書いた通り製造業に比べるとまだましだ。システムの出来がビジネスの好不調を左右したりするから、そりゃそうだ。IT装置産業のコンビニ業界では、IT投資余力の少ない企業が競争から脱落しつつある。同じくIT装置産業の金融業界では、システム障害を起こすたびに経営者が謝罪会見を開いたり、場合によっては「ハラキリ、プリーズ」となったりする。それにサービス産業では以前からEC(電子商取引)などの勃興で追い詰められている業種も多いから、経営者のITに対する意識が相対的に高くて当然なのだ。

 さて、製造業の経営者であっても誰もが「我が社のDX」を語るようになった今、少しは悔い改めたであろうか。確かに悔い改めた経営者も多少はいるが、大半は「現場の創意工夫でDXに取り組め」といった調子だ。だからDX戦略はちっとも戦略でなく、デジタル変革ならぬデジタルカイゼンにすぎなかったりする。DXを本気でやろうとすると、本当はBPRを発動して全体最適を目指し、併せて基幹系システムの刷新に取り組む必要があるが、これはあまりに難易度が高い。

 あとはデジタルサービスを創出して、ゆくゆくはサービス主体のビジネスモデルに転換していく方向があるが、そちらはどうか。製造業であることをやめないにしても、自社製品を使ってサービスビジネスを展開していく道だ。コマツの取り組みが有名だし、ソニーはこの方向性で成功しつつある。製造業の経営者もサービス業の神髄が分かれば、他の業種と同様、少しはIT投資の感覚がまともになるはずだ。ただ、かつて製造業だったITベンダーだけは見習わないでくれよ。今では人月商売に落ちぶれたが、あれもサービス業だからな。

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[日経クロステック 2022年1月31日掲載]情報は掲載時点のものです。

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