製造業の基幹系システムは「基幹系」ではない
「さすがに『まともなIT戦略の必要性がなかった』は、暴言というか虚言だろう」と異議を唱える読者も多いかと思うので、きちんと説明しておこう。確かに「必要性がなかった」と言い切るのは、さすがに言い過ぎたと私も思う。より正確には「最初は戦略的にITに投資する必要性はあったが、すぐに必要がなくなった」と言ったほうがよい。確かに昭和時代のコンピューターの黎明(れいめい)期には、日本の製造業はIT活用の先進企業だったしな。
先ほど、しまむらが1970年代にシステムを導入した話を書いたが、大手製造業は1960年代後半にシステムの導入に踏み切っている。当時はソフトウエアを組める技術者はほとんどいない。で、IT部門(当時は「電算室」などと称した)を新設して、部員が自らプログラミングを習得して、ソフトウエアを開発した。しかもその際、アセンブリ言語で書くのは不便で、使える高水準言語もなかったので、自分たちで独自のプログラミング言語をつくったりもした。そんな訳で当時、製造業は金融機関と並ぶIT活用先進企業だったわけだ。
ところが、そんな「栄光」を担った製造業のIT部門は年を経るに従って、やることがなくなっていく。当初は、会計システムができた後には、人事給与システムをつくり、その後に販売管理システムを構築するといった具合に、システム開発の案件は積堆していた。しかし、それが一巡した1990年ごろには、新規のシステム開発案件がほとんどなくなっていった。残されたのは、利用部門のご用を聞いて既存システムの保守運用に励むという、今のIT部門で主流となっている仕事である。
ちなみに製造業のIT部門が言うところの基幹系システムは、他の業種での基幹系システムと同じものではない。以前、旅行会社のIT部長が「基幹系の意味が違うので、製造業の人とは話が通じない」とぼやくのを聞いたことがある。旅行業にとっての基幹系は旅行商品の予約管理システムだ。金融機関にとっては勘定系システムや保険商品を組成・運用するシステムなどが基幹系。小売業ならPOSを核とする店舗システムなどが基幹系だ。要するに製造業でない企業にとって、基幹系とはビジネスに直結するシステムのことを指す。
一方、製造業の基幹系システムとは、主に会計や人事給与などのバックヤードのシステムを指す。要するに間接部門の業務を効率化するためのシステムのことで、旅行業のIT部長からすれば話が合わなくて当然なのだ。製造業の経営者からしても、基幹系システムはなきゃ困るが、経営にとって戦略性に乏しい代物に映ってしまうわけだ。
製造業のシステムのうち他の業種と同様にビジネスに直結するものがどれかというと、生産管理システムがそれに相当するかもしれない。ただ先ほど書いたように、生産管理システムは工場自身が管理していたりする。つまり、生産という「ビジネス」に直結する基幹系システムは、いわばエンドユーザーコンピューティングとして運用されているわけだ。最近は、各工場でシステムを個別運用しているのは非効率だということで、IT部門に移管するケースが増えているが、それでも生産管理システムの「主権」は工場にあるのが基本だ。
で、1990年代になり、製造業のIT部門もさすがにこれじゃまずいということで、外資系ITベンダーのマーケティング策に乗っかり、「ERP(統合基幹業務システム)による業務改革」を打ち出すに至る。戦略性の高い取り組みだと経営者にアピールして、基幹系システムを刷新しようとしたわけだ。いわゆるビッグバンプロジェクトというやつだ。ところが各社とも壮絶に失敗し、ジ・エンド。このあたりを機に、製造業は日本の中でもIT活用が遅れた業種へと転落していくことになった。
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