製造業にまともなIT投資の必要性なし
経営会議でIT戦略に関して議論したことがないほど、日本の製造業はIT活用で後れを取っている。この事実は日本の製造業を客とするコンサルタントやSIerの技術者には常識だが、多くの人がそのことを知らないどころか、他の業種に比べて製造業のIT活用は進んでいるのではないかと何となく思っていたりする。随分衰えたとはいえ日本はものづくり大国であり、その立役者が製造業であるため、無意識のうちに製造業は何でもかんでも他の業種より優れていると思ってしまうのだろうか。
だが、IT活用が圧倒的に進んでいるのは、あくまで日本企業同士を比べての話だが、小売り、物流、旅客などの第3次産業、広い意味でサービス産業にカテゴライズされる企業のほうだ。例えばコンビニエンスストア大手は、各社とも随分前からPOS(販売時点情報管理)を軸とした店舗管理システムなどを整えている。それらは売り上げやもうけに直結するシステムであり、コンビニの経営者は自らの業種を「IT装置産業」などと呼ぶ。
そういえば、衣料品チェーンストアを全国展開するしまむらで「中興の祖」と呼ばれた経営者は、経営者になるはるか前に「大企業になったときを想定して、業務の仕組みとシステムをつくろう」と考えて実行したという話を以前聞いたことがある。それっていつのことだと思ったら、1970年代だという。大きく成長できるように新たな業務の仕組みとシステムをつくるというのは、製造業の経営者が今大騒ぎしているDXとほとんど変わらない。
ちなみに金融機関はどうかというと、もちろんコンビニなどとは桁が違うIT投資を実施しているIT装置産業だ。ただ、FinTech企業の勃興などで首が絞まってくるまでは、ITに強い関心を示す経営者はほとんどいなかった。彼ら/彼女らの口癖は「後は専門家(技術者)に任せて」であり、その意味では製造業の経営者とそれほど変わらない。ただ、システム障害を起こせば大ごとになるため、経営会議でITを議題として取り上げないということはさすがになかった(はずだ)。
それに対し製造業は、経営者のITに対する理解度やIT投資の在り方は下の下である。「俺はITを分からない」。これはかつて製造業の経営者の“決めぜりふ”だった。基幹系システムが老朽化し、いわゆる技術的負債がたまりにたまっていても放置する企業も多い。生産管理システムに至っては、その管轄権はIT部門にはなく各工場が独自に運用していたりする。それでも生産管理システムが実際に生産を管理していたらまだよいほうで、準大手クラスの企業でも「伝票発行マシン」としてしか使っていないという話もよく聞く。
当然のことながら、IT部門の社内での地位は思いっ切り低い。日本ではどんな企業でもIT部門の地位は高くないが、製造業では他の業種と比べて格段に低い。だから不況などの際、IT部門はリストラの格好のターゲットになる。その結果、IT部門の劣化が果てしなく進む。事業部門に組み込みソフトウエアの技術者を多数抱えている企業であっても、IT部門にはプログラムを書ける技術者がおらず、ITベンダーへの発注窓口でしかないケースも多い。
これが、ものづくり大国日本を支える製造業のIT活用の偽らざる実態なのだ。日本企業のIT活用がひどいとのイメージ(=事実)があるのは、ひとえに日本の基幹産業である製造業がダメダメすぎたからである。じゃあ、なぜそんなひどい状態になったのかというと、日本の製造業は他の業種と異なり、そして外国の製造業とも異なり、実はまともなIT戦略の必要性がなかったのだ。だから経営者が「ITを分からない」と公言し、経営会議でITが議題にならず、IT部門が劣化し素人化するのは当然だったわけだ。
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