日本企業もまだまだ可能性があるのだが……

 ある意味、日本企業はデジタル革命以前も今も、基本的に何も変わっていない。イノベーションを起こす力も、多くの人が協力して地道に改善する力も、製品化などの意思決定のやり方も何も変わっていない。そして亀の歩みも変わらない。ただし取り巻く環境が激変した。デジタル革命により新機軸を打ち出すこと、つまりイノベーションがはるかに容易になり、世界は超高速の早い者勝ち競争となった。昔のままの日本企業(と日本社会)は新たな現実に対応できず、置いてきぼりを食うことになったわけだ。

 一方、米国や新興国の企業はインターネット上、そして最近はクラウド上でイノベーションを加速させた。イノベーションが容易になれば、個人の創意工夫や挑戦を高く評価したり、経営者らリーダーの意思決定が迅速だったり、大きなリスクを取れる投資家が存在したりする国では、そりゃ「イノベーション祭り」みたいな状況になるよね。スタートアップが続々と誕生し、その一部が一気に巨大化する。トラディショナルな企業もそうしたイノベーションの成果を取り入れてDXを加速できる。猿まねもやりたい放題だ。

 実は日本でも、全てが亀の歩みであったわけではない。1995年以降はそれなりの数のスタートアップが誕生するようになり、その中から楽天グループを筆頭にトラディショナルな大企業と肩を並べる規模に成長するテック企業も出てきた。トラディショナルな企業でも当初は個人の創意工夫や挑戦が尊重されたり、そして今では考えられないが、IT部門が自らの「商売」としてECサイトを立ち上げたりもした。

 あまり昔の話を書くと、ジジくさくなるので最近は控えているが、若い読者のために改めて記しておこう。例えば今の旅行予約サイト「楽天トラベル」の源流は、日立造船のシステム会社の技術者たちが立ち上げた「旅の窓口」だ。1990年代後半には国内の宿泊予約サイトとしてはナンバーワンだった。そして世界に先駆けて航空券のチケットレス販売を始めたのは日本エアシステム(現日本航空)で、IT部門が独自の判断で立ち上げた。そうそう、あのアスクルも事務用品メーカー、プラスの新規事業が出発点だったしな。

 とにかく、インターネットが爆発的に普及しデジタル革命が始まった1990年代後半は、日本のトラディショナルな企業でも多くの人が新たなビジネスの可能性にチャレンジした。スタートアップもトラディショナルな企業もほぼ横一線で競争し、私も取材をしながら「日本も面白い時代になった」と喜んだものだった。ところがトラディショナルな企業では、経営者が「我が社のネット戦略」(今で言うと「我が社のDX戦略」みたいなもの)とか言い始めた頃から、風向きがおかしくなる。

 要するに、ECなどの新ビジネスが、全社を挙げた取り組みや事業戦略に格上げされた途端、亀の歩みになってしまったのだ。当初は一部署や、場合によっては一個人がECサイトなどを立ち上げて運営していたので、それなりにスピード感があった。ところが全社的取り組みになると、お察しの通りで、各事業部門の利害調整や各種忖度(そんたく)が必要になり、意思決定が遅くなる。それでも大規模投資ができればよいが、リスクにびびってしまう。結局は日本企業らしい亀の歩みとなり、世界で進展するデジタル革命に取り残されたわけだ。

 さて、どうするかね。実は日本企業にもまだまだ可能性がある。だってイノベーションは容易になっているのだ。徹底的に猿まねしてもよいし、クラウドなど米国企業らが生み出したイノベーションの成果をフル活用してもよい。で、新興国の企業のようにリープフロッグを狙えばよいわけだ。ただねぇ。いずれにせよ、亀の歩みをもたらしている経営の意思決定の遅さや組織の問題を、まず何とかしないといけない。それが日本企業の最大の課題だが……。おっと私も「GAFAみたいなことはできないよ」と負け犬根性に染まりそうだ。

[日経クロステック 2022年12月26日掲載]情報は掲載時点のものです。

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