かつて日本のITベンダーもイノベーティブだった

 結局のところ、世界をフラットにつなぐインターネットの爆発的普及で、いろんなアイデアやビジネスの可能性を低コストで試せるようになり、世界がイノベーションのスピード競争をするようになった。そのことがデジタル革命を加速させたわけだ。試した者勝ちであり、一気にスケールさせた者勝ちであり、素早く猿まねした者勝ちである。で、インターネット上にクラウドなどのビジネスが成長し、それを基盤にさらにビジネスのアイデアが生まれ、試した者勝ちのスピード競争が繰り広げられているわけだ。

 では、日本企業はなぜ乗り遅れたのか。これはもう明らかだよね。あまりにも当たり前の話なので、その件は後回しにして、いまだに多くの日本人が誤解している「イノベーション」の意味について先に解説しておくことにする。何と言うか、イノベーションを「世の中を変えてしまう発明」みたいに捉える人が多いよね。つまりイノベーションとは「技術革新」、画期的な技術を発明して世の中を変える製品を生み出すことと捉える。もちろん間違いではないのだが、それはあまりに狭い理解だ。

 イノベーションの本来の意味はもっと広い。単に「革新」、あるいは「新機軸」という意味がある。米国のテック企業が言うイノベーションはもちろんこうした意味合いだ。新しいITを使って、新しいアイデアで既存のものも組み合わせ、ビジネスに新機軸をもたらすのがイノベーションだ。例えばインターネットの普及が始まった1995年頃に、日本を含め世界中で個人商店主がいち早くネットショップを立ち上げたが、あれもまた商店のビジネスに新機軸をもたらす、立派なイノベーションだったのだ。

 そういえば、アマゾンが本格的なEC(電子商取引)サイトを開設した当初は、その操作性や利便性(今風に言えば顧客体験)に「とてもクールだ」といった称賛が集まった。ただし、そのクールさを生み出した機能の大半は、アマゾンオリジナルではなく、WebサーバーやWebブラウザーの標準機能を利用したもの。まさに本来の意味でのイノベーションのたまものだった。そこから始めたイノベーションを継続し、やがてAWS(Amazon Web Services)などを生み出すに至るわけだ。

 こんなふうにイノベーションの意味を正確に理解すれば、「デジタル革命によりイノベーションが容易になり、スピード競争になった」というのも、より納得感をもって理解できるだろう。じゃあ日本企業はどうなのかだが、イノベーションを生み出すのも昔と変わらぬ亀の歩み、この遅さがデジタル革命の時代には致命的だった。裏を返せば、それまでの製造業全盛の時代では、亀のようにトロくても大丈夫だったのだ。だから日本はものづくり大国として世界の最先頭を行けた。

 だって、そうだろう。「もの」である製品は、そう簡単に世に出せるものではない。画期的な技術を発明するような場合はもちろん、長期にわたる研究開発が必要だ。ちょっとしたアイデアを実装する場合でもそれなりの時間がかかる。他社の製品を猿まねする場合も容易ではなく、競合をしのぐ良い製品にするにはたゆまぬ改善が必要だ。大勢の人が協力する必要もある。日本企業、というか日本人はこうした地道な努力が得意だったし、製造業全盛の時代は今のようなスピード感も求められていなかった。

 要するに、製造業全盛の時代には、イノベーションは時間がかかるものだったわけだ。日本企業はじっくりと時間をかけて欧米企業の製品を猿まねし、本家を上回る品質を実現したほか、多少なりとも独自の新機軸を打ち出して世界を席巻していった。「世界を席巻」とまではいかなかったが、国産コンピューターメーカーが米IBMに対抗してつくり出したメインフレームも、まさにそうした代物だった。人月商売の親玉に落ちぶれた今では想像できないだろうが、当時は日本のITベンダーもそれなりにイノベーティブだったのだ。

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