ベンジャミン・グレアムは、ウォーレン・バフェットの「師匠」として知られる、理論派の大投資家。だが、世界大恐慌のときには相場を見誤り、大損していた。痛恨の大失敗を糧に、「バリュー投資」というイノベーションを生み出したのがグレアムなのだ。『大恐慌の勝者たち』から抜粋してお届けする。

ベンジャミン・グレアム(写真左)が1955年、上院銀行委員会で証言したときの写真。一緒に映るのは、ピーター・ドラッカーも絶賛した名経営者、ロバート・E・ウッド。2人とも「大恐慌の勝者」であった(写真:AP/アフロ)
ベンジャミン・グレアム(写真左)が1955年、上院銀行委員会で証言したときの写真。一緒に映るのは、ピーター・ドラッカーも絶賛した名経営者、ロバート・E・ウッド。2人とも「大恐慌の勝者」であった(写真:AP/アフロ)

 1929年の株価大暴落の後、アメリカの株式市場は長きにわたる低迷期に入った(詳細は、第1回に)。 32年にピーク時の1割近くにまで下落したダウ平均株価が、暴落前の高値を超えたのは、54年11月のこと。

 「失われた25年」とでも呼ぶべき困難な時代が、アメリカにもあった。

 株価低迷が長期化する中で、どうやって株取引から利益を上げていけばいいのか。株式市場の参加者たちは、新しい課題に直面していた。

 そもそも株価暴落とそれに続く低迷の原因の1つは、投資手法そのものにあった。 かつての株取引は、個人の経験や直感に頼るところが大きく、インサイダー情報が正々堂々と利用されるなど、公平性や透明性を欠いていた。ジョセフ・P・ケネディが、違法すれすれのきわどい手法で大儲けしていたのは、前回、紹介した通りだ。論理も倫理もない株取引が株価のバブルを生み、その崩壊が株式市場を毀損したのである。

株価低迷がイノベーションを生む

 このような状況を受け、1930年代以降、新しい投資の手法や理論が生まれていく。その筆頭が「バリュー投資」であり、イノベーションと呼んでも過言ではない。生みの親はベンジャミン・グレアム。

 グレアムがバリュー投資の理論を詳述した大著『証券分析』を出版したのは1934年、株式市場がどん底に喘(あえ)いでいる最中のことだった。

 バリュー投資とは、目先の株価変動に目を奪われるのではなく、その企業が本来持っている価値(バリュー)を割り出し、割安になっている株を買うという手法。「価格変動(相場)」ではなく、「企業価値」に着目したところに、「投機」から「投資」への進化がある。

 「バリュー投資の父」と呼ばれたグレアムは、「オマハの賢人」こと、大投資家ウォーレン・バフェットの師匠としても知られている。「私の85%はグレアムでできている」とバフェットはいう。グレアムに憧れたバフェットは、直接教えを乞い、その下で働くことでバリュー投資の極意を学び、大投資家への道を切り開いたのである。

 そんなグレアムのバリュー投資を生んだのは、大恐慌下での「敗北」だった。

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この記事はシリーズ「マネーの教養「世界大恐慌の真実」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。