投資や資産運用、お金全般に興味があるなら、学んで損はないのが「世界大恐慌の歴史」。マネーの歴史における一大トピックであるが、その実態を正しく知る人は意外に少なく、現代に生きる示唆に富む。『大恐慌の勝者たち』を刊行した玉手義朗氏が、そのエッセンスをご紹介する。

 「相場は水もの」というが、去年を少し思い返すだけでもその意を深くする。2020年春の株式市場はいかなるものであったか。みなさんの記憶には、どれくらい鮮明な景色が残っているだろうか。

3つの「ブラックマンデー」

 2020年3月16日、ニューヨーク株式市場のダウ平均株価は、史上2番目の大暴落を演じた。下落率は12.9%で、下げ幅は2997ドル10セント。1987年10月19日の「ブラックマンデー」(下落率22.6%)に次ぐ暴落で、同じ月曜日だったことから、「ブラックマンデー2」と呼ぶ人もいた。

 原因はもちろん、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う世界経済の低迷だ。各種の景気指標の落ち込みも大きく、雇用情勢も悪化していた。

 この状況を世界大恐慌になぞらえる向きもあった。何しろ、このときの12.9%に抜かれるまで、下落率「第2位」だったのは1929年10月28日の12.8%。世界大恐慌につながる株価暴落の流れを決定づけた日であり、この日もまた月曜日であったことから、「元祖ブラックマンデー」とも呼ばれている。

 ところが、2020年の株価暴落はその後、思わぬ展開を見せる。ご存じの通り、株価が反発に転じたのだ。21年2月には、ダウ平均が暴落前の水準を回復するどころか、史上最高値を連続して更新、日経平均株価もバブル期以来の3万円台を回復して勢いづいた。本稿を執筆する6月現在も、日米とも株価は高値圏にある。

 しかし、この状況に違和感を抱く人は少なくない。これはバブルではないのか、遠からず大暴落するのではないか、というわけだ。

誤解だらけの「暗黒の木曜日」

 筆者は、今後の株価動向を占う立場にはないが、このタイミングで世界大恐慌の歴史を振り返り、検証するのは興味深く、示唆に富むと考える。

 実のところ、1929年10月に始まった株価暴落は一直線に進んだわけではない。 株価が落ちたと思ったら切り返して上がり、一安心させたところでまた下がるといった「フェイク相場」を繰り返した。しかし、終わってみれば、ダウ平均が29年に付けた ピークを超えたのは1954年。アメリカの「失われた25年」とも呼ぶべき低迷の起点となったのが「元祖ブラックマンデー」であり、世界大恐慌であった。

 世界大恐慌といえば、「元祖ブラックマンデー」より、遙かに名前の知られた日がある。

 1929年10月24日、「暗黒の木曜日」だ。暗黒の木曜日といえば、ニューヨーク証券取引所前に集まった大群衆の姿を思い浮かべる人も多いだろう。株価暴落を聞きつけた人々が不安に駆られて集まり、道路を埋め尽くした歴史映像は、世界大恐慌の始まりを告げるものとして人々の脳裏に刻まれてきた。

 しかし、この日の株式市場の実相を知る人は、意外なほど少ないのではないだろうか。暗黒の木曜日は、何の前触れもなく訪れ、そこから株価は奈落の底に一直線……といった認識を持つ人がいるならば、2つの点で誤りだ。

 まず、暗黒の木曜日の以前から、株価はすでに下降局面にあった。また、暗黒の木曜日の株価の下落率は、ごくわずかであった。確かに午前中は大きく下げた。ところが午後には反転し、終値で見ると「暴落」どころか「下げ止まり」といえる動きだったのである。

 この2点を念頭に、当時の株価の動きをもう少し詳しく見てみよう。

出典:『大恐慌の勝者たち』(日経BP)
続きを読む 2/4 長年の株高が、人々の目を曇らせる

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