日本で活用するのが東京ヤクルトスワローズだ。ホームの明治神宮球場(東京・新宿)にホークアイのシステムを導入し、主催試合で投球の速度・回転数など、さまざまな種類のデータを取得し始めた。選手のパフォーマンス向上やコンディション把握、次世代選手の育成のためのコーチングなどに活用する。
実際に運用したヤクルトは「選手の不調期間を短縮したり、新たな技術の取り組みの指標に使ったりできている」と満足げだ。好調時のフォームと直近の試合映像のフォームを比べて、時系列で評価することで変化に気づきやすくなる。連戦が続くシーズン中でも、データを基にコーチと選手が議論を深めることで、新しいフォームや戦術に挑戦できるのが利点だという。
ソニーのサービスビジネスグループ担当部長で、ホークアイ・アジアパシフィックヴァイスプレジデントも兼任する山本太郎は「新型コロナ禍で野球データのニーズが高まっている」と話す。日本の球団が外国人選手をスカウトする場合、海外に直接出向くのは難しい。ホークアイを用いた共通の尺度で比較することで、選手の優劣が一目で分かるというメリットもある。
テニス、サッカーでは標準に
ホークアイの創業者は1999年に研究を始め、2011年にソニーが傘下に収めた。25種のスポーツでホークアイの技術が取り入れられ、90カ国以上の500を超えるスタジアムにおいて年間3万試合以上で使われているという。
代表例がテニスだ。四大大会の試合中継で目にするライン判定システムもホークアイが開発した。国際テニス連盟(ITF)の厳しい基準テストに合格した初めてのボールトラッキング技術となり、判定が不服な場合にビデオ判定の再ジャッジを申し出る「チャレンジシステム」を誕生させた。
FIFAワールドカップを筆頭に、サッカーのゴール判定にも使われている。ボールの軌道や位置を基に、独自のプログラムでリアルタイムにゴールかどうかを判断する。サッカーでは過去数々の「疑惑のゴール」が生まれてきたが、ホークアイの導入でその歴史に終止符が打たれそうだ。
「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」も提供してきた。ビデオリプレー技術を使い、複数の角度から撮影される放送映像を瞬時に同時再生し、判定しやすい映像を審判に提供。ペナルティーキックの有無やレッドカードの判断に使われている。判定結果を1秒以内に審判の腕時計に伝達すると同時にCGを作成し、観衆や視聴者に伝えることでファンエンゲージメントを図る効果もある。
スポーツ業界に数々のインパクトを与えてきたホークアイが、最近特に力を注いでいるのがパフォーマンストラッキングという新技術だ。MLBやヤクルトが導入することで、今度は野球でもデータ革命が起きつつあるというわけだ。
世界的にスポーツテックの市場は拡大している。調査会社のマーケッツ&マーケッツによると同市場は21年から年平均17.5%伸び、26年までに4.4兆円規模に達するという。MLB・パドレスのダルビッシュ有が変化球の具体的なデータをSNSで公開するなどデータ活用は当たり前に。大学スポーツでもラグビーやサッカーなどで選手のデータを活用する事例も増えている。今後、競技者にリテラシーが求められることも増えそうだ。
映像機材に強みを持つ電機メーカーだったソニーは、自社にないとがった技術を持つホークアイを取り込んで、スポーツを巡るデータ解析事業への足がかりを得た。過度な自前主義にこだわっていては、このようなビジネスチャンスはつかめなかっただろう。
ホークアイは今後、新たな局面を迎えそうだ。ソニーの山本はゲームやエンターテインメント事業とコラボさせ、「スポーツエンタメ事業に進出したい」と意気込む。
20年10月にはJリーグの横浜マリノスと提携。ホークアイを核とした映像・データ分析技術と、エンタメ事業で培ったイベント演出ノウハウなどを組み合わせ、スタジアムのスマート化に乗り出すと発表した。ホークアイで培った人の動きのトラッキング技術を生かせば、実際の選手のアバターなどを使ったゲームなどが楽しめるかもしれない。
ソニーは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」ことを、存在意義(パーパス)として掲げる。最も近い領域にあるものの一つが、スポーツだ。
有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。
※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。
この記事はシリーズ「あなたの知らないソニー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?