「心あたたまる幸福感に包まれる世界」

 西武園ゆうえんちの来園者数は、ピーク時の4分の1にまで落ち込んでいた。約194万人(1988年度)から約49万人(2018年度)へ。西武ホールディングスの後藤高志社長から直々に再生を託された森岡氏は、「顔がない」ことが弱点だと考えた。そこに行けば、どんな体験ができるか、ぱっと思い浮かばない。一方で1950年の開園から積み重ねてきた歴史はある。それならば、と古さを生かす作戦に出た。

 懐かしい街並みを圧倒的なクオリティーで再現し、レトロな食体験や商店街での人情味あふれるライブパフォーマンスを組み合わせた。オリジナル紙幣の「西武園通貨」を導入し、「クリイムソーダ50園」(10園=120円)など、店頭価格を当時の物価に合わせた。昭和テイストではない。本物の昭和の世界観をとことんつくり込んだのだ。

ライスオムレツを味わえる「食堂 助六屋」
ライスオムレツを味わえる「食堂 助六屋」
西武園通貨は、10園札と100園札の2種類で、大きさが異なる。当時の風合いや色味をなるべく再現するなど、細部までデザインに凝った(©TEZUKA PRODUCTIONS)
西武園通貨は、10園札と100園札の2種類で、大きさが異なる。当時の風合いや色味をなるべく再現するなど、細部までデザインに凝った(©TEZUKA PRODUCTIONS)

 昭和をテーマにした施設は他にもある。西武園ゆうえんちが、ここまで際立って若者を呼び込むことができたのは、なぜなのか。一言でいえば、マーケティングのたまもの。誰に何を伝えるかというコンセプトを明確に打ち出し、表現し切ったことに尽きる。

 目指したのは、「心あたたまる幸福感に包まれる世界」の構築。森岡氏いわく、幸福感を売って、大成功を収めたのが、東京ディズニーリゾート(TDR)だ。しかし、この地でTDRのように年間3000万人を集める必要は全くない。そこで、幸せを包む「包装紙」として着目したのが、昭和の世界だった。

 中でも1960年代は、日本経済が右肩成長を続けていた明るい時代。社会全体が前向きで希望に満ち、おせっかいなほど親切な人であふれていた世界を現代によみがえらせれば、誰もが「幸せだ」と感じてもらえるのではないか。

 「西武園ゆうえんちがこの先50年、100年と生き残っていくために、きちんとビジネスが回るサイズ感を、この幸せで取り切れると思った」。久保田氏も構想当時をそう振り返る。

 実は、メインターゲットは当初から10~20代の若者に絞り込んでいた。事前調査の結果、昭和レトロの世界に最も魅力を感じ、最も来場意向が強かったのは、Z世代というデータが浮かび上がったからだ。

 だからこそ、自信を持って昔ながらの商店街の建設に踏み切った。と同時に、複数あったエントランスは1カ所にまとめ、必ず商店街を抜けてもらう動線に切り替えた。最寄り駅も「遊園地西」から「西武園ゆうえんち」に改名。同駅に乗り入れる西武山口線(通称レオライナー)の車両デザインも、1960年代のカラーリングを復刻した。

 電車を降りれば、昭和のヒット曲が耳に飛び込んでくる仕掛けにし、メインゲートの前にはクリーム色に赤のラインが入った「都電カラー」の路面電車を設置。「夕日の丘商店街前」という電停を横目に、エントランスへと歩を進めると、そこはもう昭和の商店街。“住民”として、当時の熱気に体ごと飛び込んでいくという流れをつくった。入園までの道中から、物語は既に始まっているのだ。

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