
「相澤寫眞館」で記念撮影し、「肉のおほみ」でクロケットを頬張る。「喫茶ビクトリヤ」で名物のクリイムソーダを飲んで一休み。威勢のいい掛け声につられて「青果八百八」をのぞけば、恒例のバナナのたたき売りが始まっていた。「中富米店」では、ポン菓子の実演販売中。「食堂 助六屋」ではライスオムレツが、飛ぶように売れていた。
街頭テレビは、東京~大阪を結ぶ東海道新幹線が開通した話題で持ち切りだ。「昭和39年10月1日午前5時40分、超特急ひかり号第1列車は東京駅19番ホームに入線しました」。初の東京五輪開催を目前に控え、「夢の超特急」時代がついに幕を開けた──。

これは、遠い昔の記憶ではない。今まさに体感できる最新スポットである。2021年5月19日。西武園ゆうえんち(埼玉県所沢市)がリニューアルオープンに合わせて建設したのは「夕日の丘商店街」。エントランスを抜けてすぐ、全長150メートルのアーケードに歴史を感じさせる商店が連なり、1960年代の日本にタイムスリップできる。
BGMは、美空ひばりや石原裕次郎、植木等のヒット曲。たばこ屋の軒先にはダイヤル式の赤電話があり、郵便局員は帽子にがま口かばんのスタイルだ。
駄菓子屋の壁面広告は、緑瓶の「スプライト」に、今はなき明治製菓の「リボンキャラメル」。派出所に掲示された指名手配犯リストも、よく見ると、本物の凶悪犯はいない。「凝視カンニング学生」「力持ち空瓶強盗」「日本一周自転車泥棒」といった面々が並び、どこか牧歌的な雰囲気が漂う。
「生まれていないのに懐かしい」
スマートフォンを手に物珍しそうに通りを行き来するのは、10代、20代のZ世代の若者たちだ。昭和を知らないからこそ、見るものすべてが新鮮に映る。
「昭和を浴びてきた」「この時代に生まれていないはずなのに、すごく懐かしかった」
赤電話の受話器を持ったり、駄菓子屋でりんごあめのアイスを買ってみたり。あえて昭和風の衣装に身を包んで来場し、思い思いに撮影した「映え写真」がSNSを駆け巡り、西武園ゆうえんちは「エモい」施設の代名詞に変貌した。
実際に9月の平日に足を運ぶと、リニューアル前では考えられないほど、客層が大きく若返っていた。来場客の半数以上がZ世代という日も珍しくないという。
全長150メートルの商店街というと、一瞬で通り過ぎてしまいそうだ。しかし、「この商店街だけで皆さん普通に2~3時間は滞在する」と話すのは、今回のリニューアルを担当したマーケティング集団「刀」(大阪市)の久保田真也氏。刀を率いるのは、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を再建した森岡毅氏で、久保田氏もUSJの運営会社出身である。USJ仕込みのマーケティングを、惜しみなく注ぎ込んだのだ。
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