アリババやテンセントと戦うために「自らを破壊」

 DBS銀行のDXがスタートしたのは09年のこと。当時のDBS銀行は決して悪い経営状況にはありませんでした。むしろ、売上高の年平均伸び率は7%以上、当期純利益の平均伸び率は13%と、好調を維持していたのです。それにもかかわらずDBS銀行の経営陣は「自らを破壊しなければ生き残れない」との危機感をつのらせていました。

 その背景には、1つはシンガポールという国を取り巻く地政学的な要因があります。東京23区と同程度の国土面積しか持たず、天然資源にも恵まれないシンガポールが、1人当たりの国内総生産(GDP)で日米を上回るほどの目覚ましい経済発展を遂げたのは「貿易立国」政策のため。シンガポールという国は「海外に打って出なければ生き残れない国」であるとも言えます。

 そのためシンガポールは宿命的に、外国市場の動向やテクノロジーのトレンドに対してセンシティブかつ柔軟にならざるを得ません。

 そしてDBS銀行にとり直接的な脅威となったのは、中国に出現した強力な「金融ディスラプター」たちです。具体的には「アリペイ」のアリババであり、「ウィーチャットペイ」のテンセントです。そんな金融ディスラプター2社がターゲットとする市場が、DBS銀行がターゲットとする市場(中国、香港、シンガポール、中華圏)とバッティングするのです。

 この目の前に差し迫る強敵に対し、DBS銀行が抱いた危機感はいかばかりか。こうしてDBS銀行は「DXしなければ死あるのみ」とばかりに、自らもテクノロジー企業となるべく、DXに着手したのです。グプタCEOとデビット・グレッドヒル最高情報責任者(CIO)が牽引(けんいん)役です。

 彼ら経営陣は、印象的な3つの標語を掲げました。

「会社の芯までデジタルに」
「自らをカスタマージャーニーに組み入れる」
「従業員2万2000人をスタートアップに変革する」

 「会社の芯までデジタルに」とは、オンラインサービスやモバイルサービスを提供するといったフロントエンドの表面的なデジタル化にとどまらず、バックエンドの業務アプリケーション、ソフトウエア、ミドルウエア、ハードウエアやインフラのレベルまで、さらには経営陣・従業員のマインドセットや企業文化まで、組織のすべてを例外なく見直すことを意味しています。

 「自らをカスタマージャーニーに組み入れる」は、銀行としての自身の存在意義を問い直す中で、次世代金融産業において目指すべきプレーヤー像を示したものです。すなわち、預金、貸出、為替といった「銀行目線」のトランザクションジャーニーから、ユーザー1人ひとりのライフスタイル、生活パターン、ニーズに寄り添う「顧客目線」のカスタマージャーニーへの転換です。

 DBS銀行は「簡単、シームレス、目に見えない(simple,seamless,and invisible)」というコンセプトを提示していますが、これも顧客目線です。カスタマージャーニーにおいてシンプルかつシームレスなサービスを期待する顧客に対し、銀行が存在感を示す必然はどこにもありません。顧客満足を追求するため、DBS銀行は「目に見えない(invisible)」存在になろうというのです。

 「従業員2万2000人をスタートアップに変革する」とは、いわばマインドセットの転換です。つまり、銀行目線のトランザクションジャーニーから顧客目線のカスタマージャーニーを重視するマインドへ。そのために社内にハッカソンなど学びの機会を用意したり、スタートアップと協業したりと、新たなマインドを養成する取り組みに着手しました。

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