4月11日、JR西日本は利用が減って維持が難しくなっている輸送密度(1キロあたりの1日平均利用者数)2000人/日未満の17路線30区間を発表した。JR東日本もローカル線の収支公表を考えているという。日本全体を公平に保つはずの公共インフラの1つが危機にひんしている。
JRが株式会社である以上、採算重視の経営をするのは当然だ。ただ、政府による地方創生の掛け声が始まってから既に7年を経過しているにもかかわらず、人口の首都圏や大都市圏への集中はむしろ進んでおり、それ以外の過疎化が進む地域では生活の生命線ともいえる鉄道(ローカル線)の維持が難しくなっているのは、何とも悩ましい。
国鉄が民営化したのは1987年。2021年末に、国鉄民営化を提言した第2次臨時行政調査会(土光臨調)会長の足跡を追った1982年のドキュメンタリー「85歳の執念 行革の顔・土光敏夫」が、再放送された。この番組を見ると、当時と今とではあまりにも世界が違い過ぎ、考え方も異なっていることが分かる。土光会長も、まさか国鉄民営化から40年後のローカル線廃止問題の現実を想像できなかったことだろう。
とはいえ、不良債権問題とその処理を経験した日本が、82年から現在までの40年間に打てる対策はなかったのか、またこれからできることはないのだろうか。本稿では欧米のLRT(ライト・レール・トランジット)などを参考に、日本の現状と将来について考えてみたい。
欧米で本格化したLRTの発想とは
欧州では、60年代からいかに経済的に市民サービスの向上を図るかの議論が盛んで、公共交通もその一環であった。例えば、ロシア軍のウクライナ侵攻で注目を浴びたキーウは1892年に市電を開通させた世界で最も古い路面電車の走る都市の1つだ。筆者が乗車した約10年前には経費節減のための新型車両やモダンな無人駅を導入するなど進化したLRTに様変わりしていた。欧州では、市民が社会生活を維持し続けるための手段としてLRTを中心とする都市づくりをしてきたと言える。
米国では、①1980年代に州際のハイウエー整備が一段落し、②90年の米国障害者法の制定で障害者が公共交通にアクセスできるよう事細かな義務が定められ、③翌91年に総合陸上交通効率化法(ISTEA)の制定により高速道路用の連邦補助金を地方政府の判断で公共交通に流用できるようになったことで、90年代からLRTの建設が相次いだ。

特に、③によって公共交通への連邦補助金率は2倍になった。土光臨調から3年目の85年に起こったプラザ合意は、日本が初めて対外純債権国になった年に起きた米国主導の国際経済の修正だった。米国は同時期に国民の生活を考えた政策も着実に進めており、この一環だったLRTの建設は公共事業的な色彩も帯びていた。
欧米でLRTが普及した背景には、車両数を少なくする、車両を小型化する、駅を無人化する、ワンマンカーにするといったことを条件に、敷設計画当初から地方公共団体の支援を前提としていた点がある(赤字転落後の対策ではない)。計画段階から、金融支援をする地方公共団体を交えてその都市の住民サービスにふさわしいものとなるようなプランを立てる、高齢化など都市の現状を踏まえて、利便性とコストパフォーマンスのより高い公共鉄道を提供するという発想の下で拡大してきたのがLRTなのである。
ちなみに、2002年の論文「Future of Urban Transport」によると、調査した欧米23都市のLRT運行における公的補助率は平均すると46%である。しかも、公的補助率が1位ダラス(86%)、2位ポートランド(78%)、3位サクラメント(72%)と株主資本主義の本家本元である米国の都市が上位にある。
すなわち、LRTは、純粋な株式会社ではなく、日本の公益法人に近い。赤字を問題にするのではなく、予想される赤字部分を最初から地方公共団体が埋め合わせて運営する公益法人ということになる。
LRTの建設について多くの事例が存在する欧州連合(EU)域内では、20年に今後のLRT敷設を計画するEU内外の関係者のために、「Guidelines for Developing and Implementing a Sustainable Urban Mobility Plan」をウェブサイトで公開し、今ではEU域内の公用語だけでなく、トルコ語、中国語にも訳されている。
日本では、一般社団法人地域公共交通総合研究所が独占翻訳権を得て、22年4月に「持続可能な都市モビリティ計画の策定と実施のためのガイドライン」を公表した。
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