米連邦預金保険公社(FDIC)が監督する銀行数は、2000年の8315行から2020年には4377行に減少した。この20年でほぼ半減しており、2日に1行が消えた計算になる。最初の10年は規模の利益と経営の効率化を求めた経営統合が銀行数減少の主因だったが、この10年はこれにコンプライアンス対応コストの重さが加わった。とりわけ、米国におけるKYC(Know Your Customer、本人確認手続き)は米銀にとって重いコストとなっている。

 米産業界における銀行業は、基本的には他の業態と比べて高収益・高報酬だ。しかし、2011年のイラク戦争終結のころから、米当局によるマネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(以下、AML/CFT)対応強化の要請が日増しに厳しくなっている。米銀最大のJPモルガン・チェースでさえ、全体の従業員数を減らす一方、コンプライアンス部門だけは陣容を拡大している。同社関係者からは「経営効率化を妨げている」との不満が漏れるほどだ。

 一方、日本については、21年夏に公表されたOECDの金融活動作業部会(FATF)によるAML/CFTに関する検査の評価が「重点フォローアップ国」と、下から2番目だった。米国も同じ評価ではあったが、米国の大手銀行や外国銀行は規制当局の要望を受けてコンプライアンスを強化している。米金融界の動きはやがて日本にも波及するだろう。

 本稿では、21年に米国での業務縮小を発表した英HSBCホールディングスの例を参考として、米銀のコンプライアンスがどれほど大変なのかを具体的に見ていく。

HSBCの米リテール撤退に過去10年間のコンプライアンス対応

 HSBCは21年5月、米国内の全148店舗のうち東海岸の80店舗をシチズンズ銀行に、西海岸の10店舗を台湾系のキャセイ銀行に売却すると発表した。21年中に売却店舗の顧客に移行内容を説明し、22年3月までに手続きを終了する予定だが、やや遅れているようだ。

(写真:AFP/アフロ)
(写真:AFP/アフロ)

 HSBCの米国法人(米HSBC)は1980年にマリーン・ミッドランド銀行を買収し、米国内での事業を拡大してきた。現在は15州で80万人の従業員を抱える。従って、今回の米国でのリテール部門売却は、米HSBCとして始まって以来の規模縮小を意味する。

 リテール部門の売却について同行のウェブサイトには前向きな理由しか書かれていない。コロナ禍の中で増加した新富裕層にターゲットを絞るという理由は一面では事実だろう。しかし、金融当局関係者などの間では、売却の主因はコンプライアンスコストの増加懸念だというものが定説となっている。

 事実、米HSBCは、1990年代から米財務省外国資産管理局の制裁リストに載っているような相手(制裁対象はSanctions List Searchで検索できる)への送金を繰り返してきており、2012年には約19億ドルの罰金を支払うことで合意した(参照)。

 直近では、タックスヘイブンの実態を暴いたパナマ文書で有名となった国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が20年にHSBC関連のリポートを出し、米銀行界で注目を浴びた(参照)。

 この間、HSBCはコンプライアンス担当の数を(全世界で)10年の数百人から14年には6800人にまで急増させ、現在では約8000人といわれている。米当局への対応と言えばそれまでだが、グローバルでのコンプライアンス強化は効果を上げてきており、その1つが、18年12月に孟晩舟・華為技術(ファーウェイ)副会長兼最高財務責任者(CFO)をイランへの送金を理由にカナダで拘束した一件だった。

 しかし、コンプライアンスの強化は、1人もしくは1社の取引先に対するKYCの強化を意味しており、効率性の観点から小口のマスリテール営業には向かない。そのため、特に厳しい対応が迫られている米国での撤退を判断したものと思われる。

 米当局の米銀に対するコンプライアンス強化要請の影響は、邦銀などの米国業務にも及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループは、傘下のMUFGユニオンバンクが21年9月、米通貨監督庁(OCC)から業務およびITリスク管理の欠陥に対する排除措置命令(Cease and Desist Order)を受けた直後に、同行をUSバンコープに売却すると発表した。

 他方、米国内業務への特化を標榜し、かつ早くから当局のコンプライアンス強化を先取りしてきた銀行は、業容を拡大する姿勢だ。例えば、米HSBCの西海岸の支店網を買うキャセイ銀行は買収などで規模を拡大してきた。また、USバンコープは米当局からはコンプライアンス対応の優等生的存在と見られており、今回のユニオンバンクの買収で資産規模が全米5位と大手銀に仲間入りする。拡大一辺倒だった米銀にも選択と集中の時代が訪れたと言えるだろう。

次ページ 米銀のKYCは金融庁・日銀による銀行検査レベルのケースも