遅れの連鎖

 新型コロナの感染情報が19年12月31日にWHOに届いてから、WHOが20年1月30日に世界に向けて緊急事態のアラート(Public Health Emergency of International Concern:PHEIC)を発出するまで1カ月。その間に見られたのは、中国による報告の遅れ、WHOによる中国への調査ミッションの遅れ、そしてWHOによる緊急事態のアラートを出す決定の遅れという、「遅れの連鎖」だった。その裏にある原因として明らかになったのは、国とWHOの関係である。

 例えば、WHOは国際的な感染が心配される病原体の詳細調査のためにミッションを派遣する際、各国の主権の下、国から承認を得る必要がある。そのプロセスは2002~04年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の世界的な流行を経て改訂された国際保健規則(International Health Regulations:IHR)に定められている。しかしながら、感染症の拡大への迅速な対応を促すためのこの規則が、その不明確さ、保守的な内容から、「迅速な行動を促すどころか、それを制限するようにできている」と独立パネルは断定した。

爆速で広がったコロナ感染

 公表されているコロナの感染者数は、検査による陽性者の数を示している。検査が十分に行われていない感染拡大初期の状況では、報告されている感染者数は、実際の感染者数よりはるかに少なくなる。では上に記した「遅れの連鎖」が起きている間、コロナウイルスはどのくらいのスピードで広がっていたのか。

 中国での感染拡大のペースについては、多くの研究者が数理モデルや他国への感染スピードや人の移動パターンからの分析、当時のサンプルデータなど色々な情報ソースや分析アプローチを使って分析している。それらの結果をまとめると、感染者45人と報告されている2020年1月12日の時点で実際は1400~1700人、578人と報告されている1月23日の時点で1万8700人、5万5508人に広がったと報告されている同年2月20日の時点で、実際は23万2000人前後だったという。つまり当時の理解を何倍も超えるスピードで、実際には感染が広がっていたのだ。この状況を考えると、1月30日の緊急事態アラートまでに、コロナ感染は既に簡単には抑えきれないほどに広がっていたと考えられる。

WHOが緊急事態アラートを出した2020年1月30日時点でのコロナ感染状況(出所:WHO Coronavirus Dashboard)
WHOが緊急事態アラートを出した2020年1月30日時点でのコロナ感染状況(出所:WHO Coronavirus Dashboard)
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WHOがコロナをパンデミック化したと認定した2020年3月11日時点での感染状況。アラート発出後の「失われた2月」を経て、感染が世界中に拡大(出所:WHO Coronavirus Dashboard)
WHOがコロナをパンデミック化したと認定した2020年3月11日時点での感染状況。アラート発出後の「失われた2月」を経て、感染が世界中に拡大(出所:WHO Coronavirus Dashboard)
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「失われた2月」──コロナのパンデミック化

 コロナの感染の広がりと各国の反応を時系列に沿って整理しているとき、さらに大きな問題にすぐに気が付いた。2020年1月、2月と日を追うごとにすごいスピードで感染国の数と各国の感染者数を増やしていった新型コロナウイルスに対して、2月の各国の対応がほとんど見られないのだ。1月30日に発出されたWHOの最大限の緊急事態アラートに対して、タイ、ベトナム、シンガポール、台湾など、SARSやMERS(中東呼吸器症候群)などの感染症対策の経験を持つ少数の国を除いて、多くの国が「様子見」の姿勢を取り、その「失われた2月」の間に、感染は取り返しがつかない規模に広がった。3月に多くの国が、国内に感染が広がり病床が埋まるのを見て、焦って対応を本格化させたときには、時すでに遅しだった。

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