ここで「なぜそんなマイナーな技術を、大企業ならまだしも地方の中小企業が保有していたのか」と思う人もいるに違いない。だがそれは発想が逆で、ツインバードは中小企業だからこそ、“いつ花を咲かせるか分からない技術”を温め続けてこられた可能性が高い。

従業員300人あまりのツインバードを率いる野水重明社長。父の重勝氏は“家電業界のレジェンド”から経営指導を受けていた(撮影:岩船雄一)
従業員300人あまりのツインバードを率いる野水重明社長。父の重勝氏は“家電業界のレジェンド”から経営指導を受けていた(撮影:岩船雄一)

 FPSCの開発は20年以上前、1990年代後半に遡る。その頃、野水社長の父である重勝氏は、ある“家電業界のレジェンド”から経営指導を受けていた。シャープ元副社長の故・佐々木正氏だ。

 佐々木氏は1915年、島根県に生まれた。京都帝国大学工学部を卒業後、川西機械製作所(後の神戸工業、その後、富士通に合併)を経て、64年、49歳のときに早川徳次氏に請われ、早川電機工業(現シャープ)に入社した。強大な販売網を持つ松下電器産業(現パナソニック)を打倒すべく佐々木氏は、自ら開発の先頭に立ち、シャープ発展の礎を構築。70歳を過ぎてからはシャープの経営の第一線から退き、私塾を開き後進の育成に当たっていた。

家電業界のレジェンドからの助言

 若かりし頃の孫正義氏やスティーブ・ジョブズ氏に助言したことでも知られる佐々木氏は、ツインバードに「競合にない技術を持て」と指導。その際、勧めたのがFPSCだった。理論自体は約200年前からあるものの、非常に精密な加工技術が必要で、実用化のメドもおぼつかなければ将来の市場規模すらはっきりしない。だが、同社は教えに応え、FPSCの技術を持つ米企業に指導を受け、事業化を目指すことになった。

 佐々木氏が長年身を置いた家電産業では当時、大企業を中心に、FPSCのような“海のものとも山のものとも知れないが、いずれ大化けするかもしれない技術”の芽を自ら摘み取る行為が活発化していた。

 発端は80年代以降、米国から日本の大企業に持ち込まれた株主至上主義だ。株主代表訴訟が容易になり、四半期決算が義務化される中、多くの大企業は株主の目を強く意識し、短期収益主義に移行。目先の利益の確保が優先され、マザー工場や基礎研究など事業の長期的持続に必要な部分にはカネを流さなくなった。そう考えると、たとえ、FPSCの種を持つ大企業が別にあったとしても、研究対象にならなかった可能性が高い。

 「独自技術がない製造業に未来はない」と常々言っていた佐々木氏にとって、こうした状況は憂えるべき風潮だったに違いない。だからこそ佐々木氏は、日本の製造業の未来を、ツインバードをはじめとする「短期収益主義」に冒されていない中小企業に託そうとしていたのかもしれない。

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