「あのネズミ色の物体は何や?」

 2007年に父親から社長を継いで間もない頃、スーパーマーケットの佐竹食品(大阪府吹田市)の梅原一嘉社長は、店舗の巡回をしていた際に店先にあった白い発泡スチロールの箱の中の商品に目がとまった。

 近づくと、そこにあったのはアスパラガス。先端部分がネズミ色だったのは、カビが生えていたからだ。4~5本の1束がわずか10円で売り出されていた。

 「えっ、何これ!」

 すぐに主任を呼んで、注意した。

 「何を考えてるの? こんな物を売って。そんな10円で。安いかしらんけど」

 店員は悪びれる様子がなく、こう答えた。

 「何言うてんですか、社長。安いから皆、買っていきますよ」

 あぜんとした。先代や先輩からは、「商売はいい物を安く売る努力をするように」とたたき込まれてきた。これまで教わった自社の商売のやり方と全く違う。しかも、この店員は社長の目の前で平気な顔をしている。

 「激安だし、カビている部分を切ったら食べられる。でも、安くていい商品を並べることで売り切るのが我々の目指す商売。現場にそれが浸透していると思っていたのですが、やばい、このままだと会社はつぶれるかもと感じました」と梅原社長は振り返る。

<span class="fontBold">梅原 一嘉[うめはら・かずよし]氏</span><br>1975年大阪府吹田市生まれ。94年佐竹食品入社。店長などを歴任し、2007年から現職。「日本一楽しいスーパー」を経営ビジョンに掲げ、人材コンサルティング会社リンクアンドモチベーションが主催する表彰で、4年連続1位に選ばれ、「日本一エンゲージメントが高い企業」として知られる。スーパーなど50店弱を展開し、売上高は約764億円(21年3月)。従業員数は正社員約1000人を含む計約2600人
梅原 一嘉[うめはら・かずよし]氏
1975年大阪府吹田市生まれ。94年佐竹食品入社。店長などを歴任し、2007年から現職。「日本一楽しいスーパー」を経営ビジョンに掲げ、人材コンサルティング会社リンクアンドモチベーションが主催する表彰で、4年連続1位に選ばれ、「日本一エンゲージメントが高い企業」として知られる。スーパーなど50店弱を展開し、売上高は約764億円(21年3月)。従業員数は正社員約1000人を含む計約2600人

「理念では食えない」から一転

 もともと「理念重視の経営をしてもお金を稼げず、メシは食えない」と考えていた。店舗が増え、従業員の数も100人、200人、300人と急増していった。以前は、顔と名前が一致し「誕生日、今月よね」「お子さん今度、小学生やんな」などといった会話ができていた。ところが、少しずつ知らない顔が増えていた。店舗巡回をする際、事前に従業員名簿を確認してから対応するようになった。

 佐竹食品は、関西を中心にスーパーを展開しており、「日本一楽しいスーパー」を旗印にしている。最近、何のために会社があるのかという企業理念を再定義して従業員に伝える「パーパス経営」を実践する企業が増えているが、佐竹食品もその一つだ。

 従業員の意欲や会社への愛着度などを示す「エンゲージメント」にも気を配り、人材コンサルティング会社リンクアンドモチベーションが主催する20年の企業表彰で東京海上日動火災保険、大日本住友製薬などを抑えて堂々の1位を獲得。4年連続1位となり、「エンゲージメントが日本一高い企業」として知られるようになった。いわば、どこよりも社員が誇りを持って生き生きと働いている企業と言える。

 経営手法について、カタカナ言葉や、はやりの言葉に飛びついて実践しようとする企業は多い。だが、佐竹食品の場合、パーパスといった言葉がまだ世間であまり知られていないときから、経営陣は現場の状況に危機感を持ち、「会社の理念を徹底的に浸透させよう」と動き出した。

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