CEOの権限範囲はどこまで

 一連の騒動で浮かび上がる注目点は、「代表取締役会長兼CEOの権限はどこまでか?」と「取締役会や取締役の役割とは?」だ。取締役会が、執行業務を監督するのは言わずもがなだ。会社法362条にも規定されている。では、取締役会と取締役は、執行業務の最高責任者である代表取締役CEOにどこまでモノ申すことができるのか。

 その識見は、1973年5月22日の最高裁判例で示されている。代表取締役業務執行に対する取締役の監視義務とその責任についての見解だ。

 「取締役会は、会社の業務執行につき監査する地位にある。取締役会を構成する取締役は、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務を有する」(最高裁第3小法廷)

 これは監督するだけでなく、「取締役は、代表者が適正な業務をしているかをチェックしなければならない」と通常解釈される。代表者が権限の範囲内でいろいろなことをやろうと思っても、取締役会が「この案件はおかしい。これはストップだ」と指摘すれば、そうならなければならない。それほど取締役会と取締役は強い法的根拠と権限を持つ。

 そもそも「CEO」の権限範囲は法律では規定されていない。各会社の取締役会規則や決裁権限基準などに基づく。山口FGでは取締役会規則に「合併・重要な業務提携の決定、解消、その他の経営管理に関する重要事項は、取締役会の決議事項になる」と定められている。

 最高裁判例と規則に照らすと、5月28日、吉村氏以外の他の取締役が「このプロジェクトをスタートすること自体、取締役会決議が必要ではないか」「A氏の採用はやめるべきだ」などと指摘、この計画に待ったをかけることには理がある。

 この点、吉村氏はこう反論する。「相手方の経営トップと新銀行構想について話をするのが問題なのか。構想は意見交換およびお互いの考えについて口頭で了承した程度であり、初期的な検討段階だった」

 これに対し、国政氏は「吉村氏は5月28日の時点でかなりの事柄について先方と合意していると主張しており、『既に6月1日から雇用する約束をしている。A氏を採用しなければ損害賠償請求される』などと脅しとも受け取れるような言葉もあった」と指摘。吉村氏が独断専行で話を進め、CEOとしての権限逸脱行為があったとの認識だ。

 取締役会が問題視したのは、新銀行構想の進め方に関する部分だ。ところが、「吉村氏は自分の職務権限を全て否定されたと感じたようで、自分の権限を放棄して全て取締役会で決めてほしいという態度に出た。我々は新銀行の案件以外の他の業務執行まで止めるつもりはなかった」(国政氏)。「改革はスピード勝負。執行権限はできるだけ広くあるべきだ」と考える吉村氏と会社側の意見の隔たりは埋まらなかった。

 吉村氏は「裸の王様」だったのか。それとも権限を放棄し、自ら裸の王様になってしまったのか――。地銀のあり方を変えなければならないという方向性は経営陣で一致していただけに、歩み寄れなかった吉村氏と取締役会の認識の差は、日本企業のガバナンスに対する捉え方が一様ではない現実を映し出している。

 トップ解任劇の背景には何があったのか。山口FGの取締役監査等委員の国政氏との一問一答は以下の通り。

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