本シリーズ「内部告発、その後を追う」(1)と(2)で見てきた通り、西宮冷蔵の水谷洋一さんらの告発が一つの礎となって、勇気を持って不正を告発する公益通報者を守るための公益通報者保護法が2006年に施行された。
だが、消費者庁が管轄する同法は「抜け穴だらけのザル法」との指摘も多かった。オリンパスに在職中、同社などへの公益通報を巡る裁判で最高裁判決による勝訴が確定し、一躍時の人となった浜田正晴さんもそれを痛感した一人だ。浜田さんがオリンパスとの闘いで直面した制度の課題とは──。
「判決がどうなっても知りませんよ」
1審判決前、オリンパスとの和解協議に同席していた浜田さんの妻は、和解を促す担当裁判官からこのようなニュアンスの発言を聞いた。浜田さんはそれを後で妻から聞いた。「地球がひっくり返っても考えを変えない」と訴え、協議が決裂。その裁判官が担当した1審判決は浜田さん側が敗訴した。
浜田さんは08年、「オリンパス在職中に会社の不正を内部通報して左遷された」として職務の配置転換の無効などを訴えて会社とその上司を提訴。10年1月の1審判決で裁判官は「原告の請求はいずれも棄却。訴訟費用は原告の負担とする」と主文を告げ、足早に去っていった。入廷から退廷までわずか数分だった。

世間と法律の「公益通報」にギャップ
「公益通報者保護法で定められた犯罪行為以外には、公益通報の対象にならないと決められています。世間が思う公益通報と、法律的な公益通報は必ずしも同じではない。通報者が、証拠を示してその関係性を説明しなければならないのでハードルが高いのです」と浜田さんは語る。
浜田さんが通報したのは、上司が機密情報を持つ重要取引先の社員を引き抜こうとしていた行為だ。不正競争防止法違反に当たる可能性がある。しかし、浜田さんが会社に「不正競争防止法違反だ」と明確に指摘した証拠は残っておらず、判決は「浜田さんは不正競争防止法に言及しておらず、会社側は同法について認識していなかった」とした。つまり、浜田さんは社会的意義のある通報だと思っていたにもかかわらず、法的には「公益通報者ではない」とみなされた。
公益通報者保護法が公益通報者のためになっていない──。あっけにとられたが、すぐに気持ちを切り替えた。2審では、会社による配転命令を時系列に丁寧に整理し、命令が内部通報への報復人事であったことを訴えて逆転勝訴、12年に最高裁判決で勝訴が確定した。浜田さんから人権救済の申し立てを受けていた東京弁護士会は「事業化する見込みのない新規事業探索部署への配転は、会社が人事裁量権を乱用したものであり、人権を侵害している」などと警告した。だが、公益通報者保護法の立て付けは変わらないままだ。
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