国の制度も変えるきっかけに

 水谷さんの勇気ある行動は、日本社会を揺るがした。雪印という大企業グループを解体させただけではない。当時、内部告発に対する社会の認識は、「チクリ」「密告」とみなされ、忌避される面があった。

 その後、トナミ運輸の社員が内部告発を理由に退職を強要したなどとして会社の責任を問う裁判が行われるなど、内部告発が話題になった。東京電力の3原子力発電所のトラブル記録改ざん、三菱自動車のリコール隠しなども内部告発で明らかになった。

 その頃、バブル経済の崩壊により、多くの企業は長引く不況による業績低迷の問題に直面していた。相次ぐ告発は「企業は違法なことをしていても、知られなければ押し通そうとするもの」という企業の閉鎖性、隠蔽体質をつまびらかにした。企業の姿勢を問う契機にもなり、その後の「CSR(企業の社会的責任)」の概念の浸透につながったという専門家の指摘もある。

 水谷さんが告発した02年、内閣府で内部告発者を守る法案審議が始まり、06年に公益通報者保護法が施行された。そして22年6月、改正同法が施行される。改正法は、不正の早期発見につなげるために従業員が300人を超える企業に通報窓口の設置を義務付けたほか、通報を受け止める担当社員に罰則付きの守秘義務を新たに課した。「内部告発者が十分守られない」といった現行法の課題を指摘する声もあるが、国の制度が徐々に整いつつあるのも事実だ。

 国の制度のあり方を変えるきっかけの一つとなった水谷さんは「告発がここまで大きな影響を及ぼすとは思わなかった」と明かす。従業員20人足らずの零細企業が、大企業の不正を暴く。当時「ばれなければ不正は許される」という人々がどこかで感じていた企業の姿勢への違和感が噴出したものだったに違いない。閉塞感漂う時代が求めていたのかもしれない。しかし、正義のために立ち上がった行動の代償は大きかった。(続く)

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