運命を変えた1本の電話

 01年夏、「狂牛病」とも呼ばれるBSE(牛海綿状脳症)の症状がある牛が国内で見つかった。国は、牛肉消費の落ち込みを救済するために国産牛肉を買い取ることにしたが、雪印食品がこの制度を悪用。安い輸入肉を国産肉の箱に詰め替え、国産として政府に買い取ってもらい、不正に利益を得ようと企てた。その舞台の一つとなったのが、西宮冷蔵だった。

 01年10月下旬。雪印食品の社員が突然、西宮冷蔵にやって来た。「レンジャーズバレー牧場」と書かれたオーストラリア輸入肉が入った箱を、「雪印ハム フレッシュビーフ」と書かれた国内産の箱へ入れ替えた。水谷さんはその日、出張しており、事態を知らなかった。およそ1カ月後、新聞記者が取材に来たことで、状況を把握した。倉庫内では、計約13t、買い上げ価格ベースで約1500万円分の偽装工作が行われた。

雪印食品の社員が安い輸入肉を国産に入れ替えた現場となった西宮冷蔵の倉庫(上)と、使用された箱(下)。その後、雪印食品全体で不正は、計約2億円分に上ったことが判明している
雪印食品の社員が安い輸入肉を国産に入れ替えた現場となった西宮冷蔵の倉庫(上)と、使用された箱(下)。その後、雪印食品全体で不正は、計約2億円分に上ったことが判明している

 このとき、水谷さんは「不正を新聞社にチクッたれ」とは思わなかった。西宮冷蔵にとって、雪印食品は社の売り上げ全体の約1割を占める大口取引先。お得意様だ。むしろ、雪印グループを守ろうと思った。雪印食品の関西ミートセンター長に電話し、「不正はいけない。うっかりミスで輸入肉が含まれていることに気が付いたということにして、国に修正を申請し、返金したらいい」と諭した。

 しばらく、音沙汰がなかった。そして、この件に関して忘れかけていた翌年1月17日午後6時半ごろ、会社近くのスーパーで買い物をしていた水谷さんの携帯電話が鳴った。この際のやりとりが、運命を変えた。受話器の先に聞こえるのは関西ミートセンター長の声だ。

 「社長、今日は阪神・淡路大震災の日ですね。あの頃が懐かしいですね。思い出します。今度うちに遊びに来てください」

 電話は一方的に切れた。センター長は一体何が言いたかったのか──。7年前、センター長は地震の揺れで荷物がうずたかく積まれ、散乱している西宮冷蔵の倉庫の復旧作業の手伝いのために雪印食品から来ていた1人だった。あのとき助けてもらったことに感謝はしている。しかし、なぜ今さらその話を持ち出したのか──。思案した。

 ああ、そういうことか。1月17日は畜産業界にとって重要な意味を持つ日だった。関西で政府の国産牛買い上げ肉の焼却処分が始まった日だ。偽装国産牛が焼けてなくなれば、不正の証拠はなくなることを意味する。センター長は「証拠はない。あんたの心配は無用だ」と言いたかったのか。

 そう悟ると、怒りが沸き立った。「そんなの許されていいわけないやろ。世間をなめとったらあかんで」。告発を決めた。だが、迷いもあった。従業員数万人規模を誇る雪印グループを敵に回して、零細企業の身が持つのか。社員の生活もかかっている。数日悩んだ後、「正義のために毅然たる態度でいくべきだ」と奮い立ち、新聞社に連絡をし、記者の取材に応じた。

告発当時の西宮冷蔵。不正を告発した当時、100人以上の報道陣が会社に詰めかけた(写真:共同通信)
告発当時の西宮冷蔵。不正を告発した当時、100人以上の報道陣が会社に詰めかけた(写真:共同通信)

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