接種済みなら「入社時3000円支給」

 居酒屋業界では、従業員のワクチン接種を対外的にアピールするのではなく、採用時からワクチン接種済みの人材を集めるための取り組みも現れた。その1つが、ワクチン接種済みであることを示した人にインセンティブを支給するというものだ。

 東京都江戸川区などで居酒屋4店舗を運営している源八船頭(東京・江戸川)は9月末から、採用時にワクチン接種済みであることを証明したアルバイトに3000円を支給する「ワクチンインセンティブ」を導入した。店頭には、「ワクチン接種を受けられた方!! 採用でワクチン手当支給」と書かれた張り紙も掲示されている。

ワクチン接種済みの人材を募集しようと、ワクチンインセンティブを導入する動きも活発化しつつある
ワクチン接種済みの人材を募集しようと、ワクチンインセンティブを導入する動きも活発化しつつある

 10月27日までに2人を採用し、いずれもインセンティブを11月中に支給する予定だ。同社には社員、準社員、アルバイトがあわせて20人強在籍しているが、ほとんどの従業員はワクチンを接種済みという。

 「やはり安心のためにワクチンは接種していてほしいのが本音だ」。源八船頭の牧田雄成取締役はインセンティブ制度を設けた背景をこう語る。同社の従業員は中高年が多く、平均年齢は50歳前後。60歳以上の従業員もいるため、顧客と従業員双方のための施策だと牧田取締役は説明する。

 「区別だと批判する声もあるかもしれないが、未接種だからといって採用しないわけではない」。牧田取締役がこう語るのには理由がある。深刻な人手不足だ。コロナ禍以前から飲食業界では慢性的な働き手の不足に頭を悩ませてきた。コロナ禍により時短営業や休業を余儀なくされた飲食店の中には、アルバイトなど非正規従業員の整理・解雇に踏み切った経営者も少なくないだろう。

 その反動か、緊急事態宣言が解除された10月以降は人材の採用競争が過熱しつつある。求人サイト「バイトル」を運営するディップによると、10月第4週の飲食業関連の求人件数は、緊急事態宣言下だった8月第1週と比べ、5割以上増加した。また、ワクチン接種済みの従業員に対して、休暇やインセンティブの支給など何らかの手当を行っている求人件数は11月4日時点で約30万件。そのうち48%が金銭的なインセンティブを支給しているという。

 牧田取締役によれば、同社が店舗を構える千葉県船橋市内の飲食店街では複数の店舗が連携し、時間帯ごとに経験豊富な従業員をあっせんし合うといった取り組みも行われているといい、「はっきり言って『猫の手も借りたい』くらいに人手が不足している」(牧田取締役)という。

 第6波への警戒感もあってか、「またすぐに時短、休業するのでは」と人材の獲得が思うように進まない飲食店も多い。源八船頭でも10月以降、求人媒体でアルバイトの募集を呼びかけているが、問い合わせは10月27日までで6件ほどにとどまっている。面接にまで至ったのは3人だ。「他で先に決まったから、ということなのか。面接のドタキャンも多い」と頭を悩ませている。

 「すぐに客足が回復するとも限らないので、人手の調整は慎重に行う」(居酒屋大手関係者)といった声も上がってはいるが、中小零細の飲食店にとって客足が回復する中での機会損失は死活問題。ワクチン接種対応と人材確保の両立という難題に悩まされているのが実情のようだ。

 ただ、こうした取り組みに対しては前述のように「ワクチン未接種者への差別とならないのか」といった懸念の声も根強い。日弁連人権擁護委員会委員長を務める川上詩朗弁護士は、接種済みシールの導入など企業の取り組みについて、「安全安心のためであっても、シールを貼っていない従業員が安全でないと見なされる危険性があり、消費者の間で知らず知らずのうちに差別意識が醸成されてしまう恐れもある」と警鐘を鳴らす。

 海外ではワクチン未接種のスタッフを解雇したり、出社禁止にするといった動きも広がっており、それに対する反対運動が起こされるなど、ある種の「分断」を生んでいる。企業にとり従業員・顧客の安全を守るための努力は欠かせないが、あくまで「任意」であるワクチン接種をどう扱い、何に注意すべきか。次回は、実際に「ワクチン接種済みシール」を導入した家電量販店大手ノジマの事例などを見ていく。

(続く)

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