その1つが谷本社長の肝いりで18年12月に立ち上げた「新規事業アイデアスタートアッププログラム」だ。既存事業の枠にとらわれずに自由な発想で新規事業のアイデアを募るもの。書類審査やプレゼンを勝ち抜いたアイデアは実際に事業化を検討する。キックオフイベントとなった全社説明会には約2300人が参加した。その様子はスタートアップのピッチ大会を彷ふつとさせる。

19年に実施した第1期では若手を中心に約820件のアイデアが提案された。食物アレルギーの消費者にミールキットを提供するサービスなど、これまでの京セラにはなかった3件のアイデアが実際の事業化に向けて動いている。20年に実施した第2期でも約440件のアイデアが出された。「アイデアが出てくるか不安もあったが、想像以上に手を挙げてくれた。社内ではイベントとして認知されつつある」と谷本社長は手ごたえを語る。
地道な取り組みも欠かさない。社長就任以降、業務の合間を縫って事業部門の若手社員と直接対話する機会を設けた。1回当たり10~20人の若手社員と2時間近くにわたって語り合う。役員クラスの意識改革を進めており、今年4月からはセグメント長も対話の機会を担うようになっている。
今後は組織の硬直化を招いたアメーバ経営の仕組みにも、メスを入れる考えだ。具体的には、小集団の人数をかつてのような10人規模に制限してかつてのように議論しやすい雰囲気に変えていく。「10人単位では独立採算を進めていくのは難しい。時間当たりの生産性など、小集団ごとに目標を設定できるようにしていきたい」と谷本社長は意気込む。
失われた社風を取り戻す取り組みから4年。「道のりは長いが、若手が意見を言える雰囲気は生まれてきた」と谷本社長は安堵の表情を浮かべる。
好業績や不祥事の裏に潜む社風
世間がうらやむ社風でも、時間や環境変化で色あせてしまう。京セラ谷本社長の悩みは、曖昧な存在ながらも、企業の競争力に影響を及ぼしかねない社風の恐ろしさを如実に表している。
実際、企業の不祥事が起きるたびに原因として挙げられるのが「あしき社風」だ。6月に長期にわたる組織的な検査不正をしていたことが発覚した三菱電機。前社長の引責辞任を受けて、新たに社長に就任した漆間啓氏は、「これまでも何度か調査したが見つけられなかった。上にものが言えない文化があるのではないか」と語った。
今年2月から3月にかけてシステム障害を繰り返したみずほフィナンシャルグループも同様だ。6月に公表された第三者委員会の報告書は、根底に「自らの持ち場でやれることはやっていたといえる行動をとる方が組織内の行動として合理的な選択になるという企業風土があったのではないか」と指摘している。
もちろん、社風が取り上げられるのは不祥事などの悪い文脈だけではない。「風通しが良い」「挑戦ができる」「自由闊達」など良い意味で使われることもあり、好業績の要因として挙げられることも多い。
善きにつけあしきにつけ、自分が働く会社や取引先の企業独特の雰囲気や文化を感じたことがあるという人も多いだろう。では、そもそも「社風」とはいったい何なのか。
採用支援ツールを手掛けるミツカリ(東京・渋谷)によると、社風とは「従業員が感じる会社の雰囲気や特徴」を指すという。似たような意味で使われる組織風土は「従業員間で共通の認識とされる規則や価値観など」、企業文化は「従業員間で共有されている信念や前提条件、ルールなど」と定義されている。「社風は組織風土と企業文化から影響を受けている」(ミツカリ)という。
元日本銀行審議役で『“社風”の正体』の著者である植村修一氏は「社風は、時間の経過で何となく醸成される腸内細菌みたいなもの。善玉菌にも悪玉菌にもなる」と指摘する。
不祥事の原因にも成長の原動力にもなり得る社風。曖昧な存在だが、一朝一夕では変革が難しい社風を、どうつくり維持していくのか。連載の第2回では、100年を超える長寿企業の取り組みを見ていく。
特集:「社風」とは何か・ラインアップ
(1)稲盛和夫氏創業の京セラも悩む、「社風」ってそもそも何だ?
(2)創業104年のTOTO、歴代トップが受け継ぐ初代社長からの手紙
(3)自己都合退職は53年で3人、「飛び込み営業禁止」の保険代理店
(4)「会社の文句を言う会議」に始まったISOWAの社風改革20年史
※週刊『日経ビジネス』では8/16号特集「良い社風、悪い社風 不祥事の根源か、改革の妙薬か」として掲載します。
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