遠い海外のどこかで起きている強制労働や児童労働だけではない。企業は社会で脆弱な立場に置かれているあらゆる人々の権利を守る社会的責任がある。そして、異なる視点を取り入れることが、これまでにないより良い製品やサービスをつくり出す独創力の源にもなる。こうした思考で動いているのが、ソニーグループだ。

■主な連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
・経営者よ、現代奴隷の叫びを聞け ミャンマー縫製工場からのリポート
・アサヒとロッテが挑戦、アフリカの供給網から児童労働を根絶せよ
・ソニーが狙う10億人市場 プレステ向けコントローラーが丸い理由(今回)
・誰でもトイレからはじめよう 日の丸交通が挑む人権経営
・世界では人権法制がトレンドに 置いてけぼりの日本
・渋谷のZ世代は人権ネーティブ 広がる“倫理的な就活”

プレイステーション5のコントローラー。右下、左下が障害者対応、中央上は現行品。
プレイステーション5のコントローラー。右下、左下が障害者対応、中央上は現行品。
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 ソニーグループは障害者に配慮して設計した商品、デジタルコンテンツを投入している。上の写真をご覧いただきたい。テレビゲーム機「プレイステーション5(PS5)」向けのコントローラーが3つある。読者の方が遊んでいるものは、中央上の両手で持って主に親指で操作するタイプで、右下、左下の丸い円形タイプとはだいぶ形が異なるはずだ。

 実はこの円形のコントローラーは、四肢に障害がある人が操作しやすいように工夫したものだ。ゲーム事業を手掛けるソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が開発を続けている最中で、2023年1月、米テクノロジー見本市「CES」で披露した。

 こうした取り組みについて、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長CEO(最高経営責任者)=4月1月付で同社会長兼CEO=は「『人に近づく』ことを経営の方向性として掲げている企業として、より多くの人に寄り添い、すべての人が感動を分かち合える世界を実現したい」とコメントしている。

ユーザーが形を決めて完成する

 特徴は、使う人に応じて個別にカスタマイズできる点。ユーザーの体の動かしやすさに合わせて、コントローラーの形状を変えることが可能だ。×、□などコントローラーにある複数のボタンの順番も、使い勝手がよくなるよう好きな場所に配置することができる。「通常のコントローラーでは操作しにくい」という障害があるユーザーからの声に配慮した。

使う人に応じて個別に形やボタンの位置を変えることができるのが特徴
使う人に応じて個別に形やボタンの位置を変えることができるのが特徴
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 コントローラーをデザインした森本壮氏は「私たちから単一の形を押し付けるのではなく、プレーヤーとのコラボレーションでデザインが完成するのが楽しみだ」とコメントしている。

 ソニーが障害者に配慮した製品を出すのはなぜか。ソニーの経営哲学をひもとくと、その答えが出てくる。

 ソニーが目指すのは、あらゆる人が取り残されることなく感動を共有できる「制約のない世界」だ。ソニーは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをパーパス(存在意義)とし、「多様な人、異なる視点がより良いものをつくる」をバリューズ(価値観)のうちの1つとして掲げる。これらを実現させるために、誰でも使いやすい製品開発やサービスの提供を目指している。

 象徴するのが、アクセシビリティー(利用しやすさ)という言葉だ。ソニーは、テレビやカメラ、ゲームなどの製品にこの視点を積極的に取り入れる方針。3月には米国で開催された世界最大級のアクセシビリティーに関する国際会議に出展した。

 ソニーは以前からこうした取り組みに熱心だった。13年にダイバーシティー(多様性)方針を制定し、グループ全体でダイバーシティーとインクルージョン(包括)に関する取り組みを進めてきた。19年に障害者の社会活動を後押しする国際イニシアチブに加盟し、アクセシビリティー対応の製品開発を強化した。

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