ハラスメントへの対応の遅れで、企業価値を毀損するリスクが高まっている。2020年6月施行の「パワハラ防止法」は、22年4月からは中小企業も適用対象となる。対策が声高に叫ばれるが、企業の大小を問わずパワハラを巡るニュースはなくならない。「すべての対人トラブルがパワハラになる」との懸念も上がる。もはや日本は「パワハラ大国」と言っていい状況だ。新手のハラスメントも増殖し続けている。誰もが加害者となりかねない時代にどう向き合えばいいのか。ハラスメントを取り巻く今を探る。
連載第1回は、パワハラ被害の現状を取り上げる。パワハラの認知度は高まり、防止策を講じる企業が増えてきた。組合や外部機関への通報で表沙汰になりやすい環境は広がりつつある。だが業務の最前線では、当事者の自覚が希薄で事態が悪化していくケースが今なお続いている。

「何でこんなに数字が悪いんやろうなあ。6年も7年も、何も勉強してこなかったんか? 恥ずかしくないんか。同じ恥さらすんなら、話しやすい優秀な後輩はいくらでもおるから、頭下げてちゃんと教えてもらえよ」
国内の大手電機メーカーに勤める宮下信二さん(29歳、仮名)のICレコーダーには、21年10月下旬に上司の部長と43分間にわたってやり取りした様子が残っている。部長は落ち着いた口調だが、宮下さんの声に耳を傾け、具体的かつ有効なアドバイスを探る気配がない。
宮下さんが法人向けの営業部門に異動してきたのは2021年2月だった。部長も同じタイミングで、出向先の子会社から戻ってきた。パナソニックの創業者である松下幸之助氏の経営理念「信賞必罰」を掲げて組織を厳しく運営する考えを示したものの、しばらくの間は宮下さんを含めた若手社員と交流する機会がほぼなかったという。
部長の態度が急変したのは7月下旬。宮下さんが、所属するチームを統括する先輩社員と共に呼び出されてからだ。「半年間は様子を見ていたが、そろそろ限界や」。部長は宮下さんの詳細な営業データを淡々と示しながら、改善策を早期に報告するよう求めた。宮下さんは1時間ほどで解放された後、目まいを感じてトイレに駆け込み嘔吐(おうと)したという。
休日も趣味に誘われて逃げられず
翌日から「集中指導」と称した部長の管理は激化していった。新型コロナウイルス禍でもリモート業務は認められず、宮下さんのオフィスの机は部長の目の前に移動。1日の業務終了後には詳細なリポートの提出を義務づけられた。会社では目立つため、自宅でサービス残業を続けた。
宮下さんは休日も逃げられなかった。部長の趣味であるアウトドアとスポーツに隔週で誘われた。夜釣り、1泊2日のキャンプ、草野球にランニング……。仕事の話が出た記憶はないが、プライベートな時間も息抜きができなくなった。
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