米中の技術覇権争いで世界経済はデカップリング(分断)し、日本では経済安全保障の必要性が叫ばれ、キーデバイスとなった半導体の工場誘致合戦が各地で繰り広げられる。スエズ運河の封鎖で経済動脈の限界が浮き彫りになり、SDGsが企業の新たなリスク要因に──。急所を守れなければサプライチェーンは崩壊する。このシリーズでは、あらゆるところに潜むサプライチェーンのチョークポイント(戦略的要衝)を守り、経済活動に血液を送り続けようとする動きを追う。初回は世界的に不足している半導体を巡る企業や国の動きの最前線に迫る。

 2019年10月、中華人民共和国建国から70周年を迎えた同国は北京で軍事パレードを実施した。パレードに先立ち、習近平国家主席は自動車のルーフから上半身を出して、人民解放軍の将兵たちを観閲した。使用された自動車は中国が誇る高級車「紅旗」である。この紅旗の「頭脳」が日本企業製になろうとしている。

 国内半導体大手ルネサスエレクトロニクスは中国国有自動車メーカー、中国第一汽車集団と自動運転プラットフォームの開発を進めている。2020年12月に吉林省長春市に共同研究所を設立し、自動車全体を操る車載電子制御システム(ECU)を開発している。第1弾の製品は中国のロールス・ロイスと呼ばれ、習近平国家主席ら中国要人や高級官僚らを乗せる紅旗に使われる予定だ。

 ルネサスは日立製作所、三菱電機、NECの半導体事業が統合して誕生した半導体メーカーで、日本が培った半導体技術や知見を引き継いでいる。半導体を巡る国際覇権争いの中で米国の半導体メーカーと距離を置かざるを得ない中国にとって、ルネサスの高い設計開発力は魅力的に映ったのだろう。ルネサスにとっても米エヌビディアなど自動運転分野のライバルに対抗する力を付けるためにも、巨大市場中国の自動車大手との提携はまたとない好機だ。

ルネサスの那珂工場では今年3月に火災が発生したが(写真上)、4月にはほぼ復旧し、生産を再開した

 「中国でビジネスを広げたいなら西側諸国には向いていない別の窓を持った方がいいですよ」

 米国のトランプ前大統領が中国企業排除の動きを強めていた19年、訪中した当時のルネサス経営幹部は中国政府関係者からこうした「助言」を受け、驚いた。「米中緊張関係はそこまで高まっているのか」

 米国政府が安全保障上の懸念を理由に中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)など中国企業を対象にした輸出規制に動き、中国ではIT機器や自動車の頭脳である半導体の調達リスクが高まった。中国側はルネサス本体と中国支社の意思決定を切り分ける仕組みを整えれば、米側の干渉を受けずに調達ルートを築けると考えたのかもしれない。

 結局、ルネサスには中国事業強化のための「渉外担当」がすでにいたことや、経営のリーダーシップを細かく分ければ企業統治が複雑になることもあり、別の窓口をつくる話はそれ以上、具体化しなかった。しかし、ルネサス経営陣には、国際的な市場デカップリングが深刻かつ長引くとの強烈なイメージが植え付けられた。ルネサスは中国事業に注力すると同時に、米国の半導体企業を買収するなど米国にも事業基盤を置いている。分断時代に備えた対応は、最重要の経営課題だ。

 最適解として導き出したのが、研究開発や製品開発の「地域分散・多拠点化」の加速である。ルネサスは米国やドイツ、中国だけでなく、東南アジアのベトナムやマレーシアなど重要市場がある地域に開発チームを配置している。第一汽車との共同研究もこうした一環だ。各国の経済安保についての考えを理解しないと、分断時代にどう事業を進めればいいか複雑なパズルは解けない。

 ルネサスの柴田英利社長兼CEO(最高経営責任者)は「喜ばしいことではないがグローバルマーケットは徐々に分かれていくだろう。非効率は百も承知でリスク分散しなければいけない場合もある」と覚悟し、したたかに生き残りを図る。

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