―― 「手引」「マニュアル」が下りてくる、って聞くと、網羅的に書いてありそうな気がするんですけど、書いてないわけですね。

桑原:「行間を読む」じゃないですけど、1月時点では、「A、CがあってBがない」箇所が結構あったのを、これまでの経験と専門家の方の知見と、実際のシミュレーションで埋めていきました。

―― とはいえ、インフルエンザの集団接種とか、たたき台になるものが皆無ってこともないですよね。新型コロナのワクチン、ということで、特に配慮・苦心したところはありますか。

桑原:前例のなさで言えば、それこそ「ソーシャルディスタンス」という、コロナ禍で当たり前になったことをどう担保するかに一番神経を使いましたね。

―― 例えば?

桑原:例えば、普通に考えると、予診をしたり、接種をしたりするスペースにカーテンが付いていたり、間仕切りが付いていることは当たり前ですよね。

―― はあ、はい。

桑原:ですけれど、ただカーテンを付けただけだと、人がそこを触っちゃうことになるので。

―― あっ。

桑原:はい。我々も最初の時点ではそういうディテールまでは予期していなかったんですが「あっ、これがもしかしたら感染リスクを高めるかもしれない、気になる人は気になるかもしれない」と。

―― でも実際にはどうするんですか。臨時の設備で自動ドアというわけにも。

あれ、仕切りはどうすればいいんだ?

桑原:例えば仕切りを互い違いにして、死角を作るようにする。あるいは、特定のスタッフのみが触るようにして、1回1回消毒をするとか、ちょっと特殊なオペレーションにはなりますが。

 他にも、最初はご高齢の方が多いので、仕切りのついたての脚が飛び出しているとつまづいたりするかもしれない。つい手をついたり寄りかかったりして、倒れてしまうものもまずいですよね。段差も、普通は意識しないくらいのものまで注意せねばならない。

―― そうか、そうですよね。

桑原:こんなふうに細かく備品を検討しながら、オペレーションを変えながら詰めていったわけです。

小金井市の会場(予診/接種)で使われたのは、ダンボール製の仕切り
小金井市の会場(予診/接種)で使われたのは、ダンボール製の仕切り

―― 小金井市の会場の写真ですね。カーテンが付いていますが、なるほど、開け閉めはスタッフの方が行う。この仕切り、もしかしてダンボールですか。

桑原:はい。それこそ足が横に飛び出ない、かつ組み立て・撤去が容易にできることから採用しております。会場を一般開放している曜日もあるので。

西:桑原が優秀だったのは、細かく詰めた上で、現場での仕様変更にも柔軟に対応できる座組をしていたことです。昭栄美術さんという8000坪の工場を持たれている備品の会社と組んで、何か計画が思い通りにいかずに、備品の変更が必要になった際には、すぐに対応できる。

桑原:はい、イベントの現場が計画通りにいかないのはある意味「当たり前」ですが、ワクチン接種というのはシリアスさが違いますから、「どんどん改善していける」という前提をつくってから、営業に取りかかりました。話が飛んでしまいますが、小金井市の医師会の方からは、我々が気付かなかった点についていくつもご指摘をいただいています。

―― なるほど。逆に言うと、クライアント、この場合は自治体側ですが、もしかして、そこまでシリアスに考えていないところも、実は多いんじゃないでしょうか。そして、やってみて初めて「カーテンが」「仕切り板が」「段差が」と気が付くみたいな。

西:はい、実は、営業をかけてお話をした後で、私たちからお断りしたところがいくつかあります。金額の問題ではなく。

―― ガバナンスやポリシーがしっかりしていないところと組むと、大きな事故につながりかねない。それは、運営会社の責任も問われてしまう。

西:おっしゃる通りです。我々はベンチャーで、まだ小さな会社で、これまで自治体からの元請けになった経験も大手さんに比べるとまだまだ少ない。にもかかわらず我々に発注してくれた自治体さんは、ワクチン接種についての我々の提案の意味をしっかり受け止めてくださった、ということだと思います。

―― さっきも出ましたが、普通はみんなが名前を知っている会社か、以前から付き合いのあるところに決めるでしょうからね。

奥山:そうです。そして正直申し上げて、我々もこのワクチン接種で大儲けしようとは全く思っていません。ただ、フォズベリーという会社を知っていただき、なかなかいい仕事をするな、と気付いていただくビジネス上のチャンスではある、とは考えています。会社が傾くような損失を出すわけにはいきませんけれど、儲けは考えなくていい、と。

―― なるほど。

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