日本ではアストラゼネカのワクチンが使えない状況が続く(画像提供:アストラゼネカ)
日本ではアストラゼネカのワクチンが使えない状況が続く(画像提供:アストラゼネカ)

この記事は日経バイオテクにコラム「編集長の目」として5月31日に配信したものを、日経ビジネス電子版に転載しています。

 「安心・安全」という言葉の使い方が嫌いです。安全は科学で証明することができますが、安心はその人の感情で決まります。本来は概念が異なる言葉を連結して使うことで、世の中が間違った方向に向かっていくと私は懸念しています。

 この奇妙な日本語が流布するようになったのは割と最近です。日経テレコンで全国紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の記事を検索すると、1970年代まではヒットしません。1980年代に14件、1990年代に225件だったものが、2000年代に入ると1万243件に急増します。2010年代にはさらに増えて1万8506件となり、2020年代はそれを上回るペースで「安心・安全」にまつわる記事が量産されています。

 古い記事をたどると、安心・安全という言葉を使い始めたのは政治家のようです。国内の農作物が外国産に比べて価格競争力で劣っていることから、「安心安全な国産農作物を守らなければならない」などというフレーズの中で生み出されました。少し考えてみれば明らかですが、同じ日本人が作った農作物は何となく安心できたとしても、安全であるとは限りません。

 この「安全だけど、安心できない」という状況は、しばしば袋小路に陥ります。一例は遺伝子組換え食品をめぐる議論です。私は記者になってから数年間、遺伝子組換え食品を取材する毎日を過ごしました。そこは「安全」と「安心」がせめぎ合う場所でした。遺伝子組換え食品は食品衛生法に基づき、国が安全性を厳しく審査しています。つまり、市場に出回っている遺伝子組換え食品は、食べても安全だと国がお墨付きを与えているのです。しかし、反対派の人々は「100%安全でなければ安心できない」と主張し、一歩も引きませんでした。こうなると科学は無力です。「100%の安全」なものは世の中に存在しないからです。

「ゼロリスク」を追い求める不毛

 同様な議論は食品添加物や子宮頸がんワクチンなどにも当てはまりますが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンも似たような状況に陥りつつあります。とりわけ英アストラゼネカが開発した「AZD1222」(日本での製品名は「バキスゼブリア筋注」)について、誤ったイメージが広がってしまうことを案じています。

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この記事はシリーズ「新型コロナと闘う「医療最前線」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。