これに対し、裁判所が示した判断は以下の通りだ。

判決文(抜粋)

 救急隊員らが至近距離に顔を近付けたときに、口元からアルコール臭がしたことは同人の直近の飲酒を窺わせる事情ではあるが、玄関先で倒れて起き上がれないほどの飲酒酩酊を裏付ける事情とはいえないし、空の酒パックの存在も日本酒が料理にも用いられることを考慮すれば、倒れるほど飲んだとは言えない。

 脳卒中プロトコールに基づく傷病者観察で、いろいろ異常なく動作ができたことや、バイタルサインに異常はなかったことによれば、玄関先で倒れて起き上がれないほどの飲酒酩酊とは合致しないとし、以上の事実を総合すれば、本件救急隊は客観的な状況評価を尽くすことなく、空の酒パックの存在やアルコール臭という事情を殊更に重視して脳卒中プロトコールによる判断に入った上、同プロトコールで求められた検査を合理的な理由なくして省略した結果、脳梗塞の疑いを排除して本件不搬送の判断に至ったものであるから、消防法2条9項による緊急性の判断を誤り、救急隊員の搬送義務に違反したというべきである。

 搬送していてもt-PAの適応はなく、麻痺が回避できたとは言えないが、救急業務を実施する地方公共団体が、救急搬送を実施すべき場合であるにもかかわらず搬送を実施しなかったことにより、当該傷病者の上記合理的期待が侵害された場合には、当該地方公共団体はこれによって当該傷病者が被った精神的苦痛に対する慰謝料を賠償すべき義務を負うと解すべきであるとし、本件出動時には救急業務を実施すべき事由があると認められる緊急性があり、本件救急隊によって適切に医療機関に搬送されることへの合理的期待が生じていたにもかかわらず、本件不搬送とされた結果、医療機関での治療を受けるのが約15時間遅れ、合理的期待が裏切られた結果、精神的苦痛を被ったものと認められる。

 医療現場を知っている人が見れば、病院外来でもここまで診察するかどうか疑問であるくらい、救急隊員はきちんとしたチェックによってトリアージを行った結果、“グリーンタグ”を付けたことが分かるだろう。にもかかわらず、裁判では「客観的な状況評価を尽くすことなく」と救急隊員の過失を認定し、慰謝料100万円の支払いを命じている。限られた時間・資源の中でトリアージをきちんと行ったとしても、過失が認定されてしまうことがあるのだ。

 COVID-19に関しても、「コロナを診ていない病院はとんでもない」といった全体主義的主張があるが、どこかバランス感覚を欠いていないか、振り返る必要があるように思う。COVID-19に罹患していれば90歳を超えていようとDNARであろうと、しっかり搬送しECMOを回す必要があり、医療資源が枯渇することで40歳代のAMI患者の処置が遅れ、死亡する──といったことが現実に起きているのではないか。パンデミックから1年余りを経て、ますます目が曇っていっているように思えて仕方がない。

田邉昇(たなべ・のぼる)氏
1984年に名古屋大卒。都立駒込病院に勤務し、名古屋大学大学院で血液内科学を専攻する傍ら、救急医療、臨床腫瘍学などにも従事。旧厚生省などでの勤務を経て2001年に弁護士登録。診療を行う傍ら、医師の視点で弁護士として、非常勤裁判官として、医療訴訟を中心に多くの事件を担当。中村・平井・田邉法律事務所に所属。
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