新型コロナウイルスワクチン接種の現場を見るのはこれが初めてだ。

 5月の連休明け、東京・小金井市の駅にほど近い「小金井メディカルクリニック」。8つの診療科目を持ち、勤務する医療関係者は11人。入院施設はない。「町の大きめのお医者さん」という感じだ。

 待合室に入る。テレビではちょうど「ワクチン接種の人手が足りない」話を映しているのだが、接種会場であるはずのこのクリニックには、行列もなければ、鳴り響く予約電話の音もない。というか、時節柄当然ながら待合室のベンチは空席がけっこうある。時折、付き添いの方とご高齢の方が診察室に入っていくが、どうもワクチン接種ではなくて健康診断のようだ。

診療所で「日常」として接種がどんどん進んでいく

 働いている人も走り回ったりせず、笑顔で丁寧に、落ち着いて業務をされている。ワクチン接種という突発事態、非日常、という思い込みから、修羅場、怒号、錯綜といった「現場」を心のどこかで予想していたのだが、全くもって「日常」の雰囲気なのだ。

 ワクチンの接種は、診察室と処置室で平行して行われている。通常診療がある場合は診察室で医師が予診を取り、その場で接種しながら診療を行う。ワクチン接種のみの場合は診察室と隣り合わせの処置室で接種を行う。処置室には2人が同時に注射や採血が行えるテーブルが、部屋の中央に置かれている。予診は診察室で行う場合もあれば診察室から医師が出てきて処置室で行う場合もあり、臨機応変に対応しているようだ。

 処置室に入らせてもらい、見学させていただいた。テーブルに接種対象である医療従事者や高齢者がやってきて、看護師さんから名前などを確認され、袖をまくって筋肉注射を受け、「2回目のほうが副反応が強い」「頭痛や発熱があった場合は、手持ちの解熱剤を服用してかまわない」などの説明を受け、番号が入ったリングを腕に付けられて待合室に戻っていく。接種が行われると、リングと同じ番号が書かれたキッチンタイマーのボタンが押され、規定の待機時間が経過したところで、窓口の人が接種した人を呼び出す流れだ。

 ここで数字を整理しておこう。

 接種対象となる高齢者は全国で約3600万人とされる。ワクチンは2回接種が必要なので、2021年5月初めから7月末までの90日間に3600万×2=7200万回接種するには、1日平均80万回の接種が必要となる。4月末の数字で全国で接種に当たる医師は約1.1万~1.2万人、看護師は1.4万人。「予診を医師が、接種を看護師が」という1万組で、土日祝休みなしで1日80回の接種が必要ということになる。(※数字は日本経済新聞5月1日掲載「高齢者接種 続く綱渡り 医師ら10万人規模の増員必要」より)

 9時5時で昼休みを1時間として、1日7時間だから、1組当たり1時間11.4回の接種となり、5.2分に1人のペースとなる。

 5分に1人打っていくとしたら、相当なハイペースに思える。注射だけならともかく、事前の予診や院内の移動だってあるはずで、会場となった診療所がかなりキリキリとした雰囲気になっても不思議はない。が、空気感は「日常」だった。

 もちろん「接種ペースが遅い」ならば、この状況も納得できる。しかしここ小金井市は、高齢者約2万8000人のうち1回目の接種完了者がすでに3割を突破(全国平均では6%)。7月上旬までに高齢者の希望者への2回接種を完了し、この時点で一般への接種も開始できるという。「ワクチンさえ届けば週1万回接種が可能」(市関係者)なので、10月には希望する全市民(対象は16歳以上)に2回打ち終えられる計算だ。

 同市の接種状況は、医療従事者(対象者約3700人):1回目3017回、2回目2361回、高齢者(対象者約2万8000人):1回目8525回、2期目967回。このほか、高齢者を除く16歳以上の市民が約8万1000人いるので、対象人数は約10万9000人となる(最新情報はこちら)。

 そして、小金井市の接種計画には大きな特徴がある。

高齢者1回目8525回のワクチン接種の内訳

 個別接種会場(医療機関) 6734回
 集団接種会場(市会場)  1791回

 この数字の通り、集団接種会場での接種数は全体の約5分の1にとどまる。小金井市は厚労省が進めている集団接種会場中心ではなく、既存の医療機関で接種の大半を行おうとしているのだ(いわゆる「練馬区方式」)。ちなみに小金井市は人口約12万3000人。大規模な病院はなく、中小規模の病院でワクチン接種に対応できるところが5カ所。しかも診療所の数は決して多くない。一般診療所合計対人口比でほぼ全国平均並み、医師数では10万人当たりで133.45人と全国平均の244.11人を大きく下回る(データは「地域医療情報システム」から。医師数の数字は2015年のもの)。

 大規模な増員、会場の拡大がなければ接種は進まないのだろうという思い込みがぐらつきだした。医療リソースが豊富とはとても言えない小金井市で、何が起こっているのだろうか。医療機関の力を使うのは東京都練馬区の発案(接種スケジュールはこちら)だが、いち早く具現化しスタートダッシュを決めた小金井市に、もし「小金井メソッド」とでも呼べるものがあるのだとすればぜひ知りたい。

 医療法人社団公懌会理事長兼小金井メディカルクリニック院長・小金井市医師会新型コロナワクチン担当理事の、三澤多真子さんにお話をうかがった。(聞き手:日経ビジネスシニア・エディター 山中浩之)

異次元なハイペースの理由

三澤多真子先生(以下、三澤):お待たせしました。今日はわりと空いていましたね。

―― いやそれでも驚きました……この状態で90何人も予約が入っているんですか。

三澤多真子先生。新型コロナウイルスワクチン接種記念写真だそうです。
三澤多真子先生。新型コロナウイルスワクチン接種記念写真だそうです。

三澤:そうなんです。ペースが速いので驚かれたのだと思いますが、かかりつけの方が多いのが速さの理由です。「いつもの定期的な診察を受けに来て、そのときにワクチンも一緒に打つ」という方が多い。

―― ああ、ゼロから予診を取るまでもなく。

三澤:そうです。アレルギー歴も、常用薬も分かっているので、予診が速いですね。

―― なるほど……今この診療所でワクチンを打てる方って何人いらっしゃるんですか。

三澤:私と看護師の2人です。

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