入社から3年後、学生時代の約束どおりに仲間が集まって起業へと踏み出します。もともと漫画「サンクチュアリ」に感銘を受け、共通の夢に向けてそれぞれが成長してから、再び合流する方式をとったと伺いました。その路線がブレなかったのは、意気投合できる仲間をつくれたのが大きかったのでしょうか。

高島氏:これから話すことは、質問の直接の答えではないかもしれません。ただ、日経ビジネスの読者の方々は恐らく、一般的には「いい人生」を送っている人が多いと思います。受験して中学や高校から進学校に通い、いい大学に入っていい会社に就職、という方が多いのではないでしょうか。僕も持っていた感覚でもあるのですが、そこで共通する課題は「レールから降りる」ことだと思うんです。

敷かれたレールに長く乗るほど降りづらくなる

 敷かれたレールに長く乗っていれば乗っているほど、降りるきっかけがなかなかつかめません。僕も進学校から現役で東大に行き、大学院へと進んでマッキンゼーに入りました。しかし、その人生が本当に自分の送りたい人生なのか分からないまま。「勇気を振り絞らないとレールから降りられないかもしれない」と、何となく大学院くらいから思っていました。

 でも僕は仲間との約束があったので、レールから降りることが決まっていたんです。それを特に自分は大事にしていました。レールから降りる出来事を決めておくと、降りるための勇気は必要ないんです。そうでないと、その都度「ここで降りるのか?」とか「今のところ上々だよ?」とかって思うじゃないですか。

 人間は自己肯定しないと立っていられないところがあるので、どうしても過去の自分の選択を肯定するバイアスがかかります。僕も自己肯定力は高いから、「悪くない」って思うと飛び降りるハードルはどんどん高くなるんです。

大企業に入ったまま、迷っている人も多いと思います。

高島氏:どうすべきかは人によるんですが、気をつけないと一生迷ったままになります。迷ったまま振り返ってみて「人生そんなに悪くなかったな」というのが、今の日本ではまだ許されています。その会社で勤め上げるにしても独立するにしても、あるいはビジネス以外のフィールドに行くにしても、いったん期限を切るのは有効ですね。僕の場合は期限を切り、かつ複数の友達との約束だったので、より強く自分に縛りがかかっていました。

全国の契約農家の土をつかって、オフィス受付の壁には一面にアート作品が描かれている。
全国の契約農家の土をつかって、オフィス受付の壁には一面にアート作品が描かれている。

「無知の状態の万能感」も大事

起業の方向性についても伺います。農業は人間に不可欠な仕事ですが、取材していてとても難しい分野とも感じます。ITを専門としていた高島さんが、なぜ農業を選んだのですか。

高島氏:それは、ただただ無知だったっていうだけですね。20年前を振り返って、もう一回あの苦しみをやりたいかって聞かれたら……。それはさすがに、繰り返したくないですね。こんなに難しいなんて、知らなかったんです。だから逆に、無知であることの強みもあると思います。

 新規事業やM&A(合併・買収)もそうですが、詳しくなればなるほど、やらない理由が増えていくんです。事業の難しい部分や相手の課題、リスクがいっぱい見えてきますから。だからM&Aも自分の決め事を大事にしていて、「この日までにイエスじゃなかったら忘れよう」と。「そこで結論が出なかったらやめます」というスタンスですね。

 ただ、致命的な問題さえなければ、問題だらけでも突っ込んでいくべきだと思いますね。むしろ時間がたつと情熱が削られていくので、そっちのほうが問題です。無知の状態の万能感、「絶対うまくいくっしょ」っていう勢いを生かしたほうがいいと思います。単に検討時間が長くなれば難しくなります。

そこはコンサルタント時代にも磨かれた姿勢なんですか。

高島氏:もちろん何か決断する際、正しい戦略と、やる気になる戦略とが合致しないと意味がありません。正しくて情熱を燃やせる戦略を見つけないとならないんです。マッキンゼー側は(クライアントの深層心理での)情熱のありかまではよく分からないので、正しい戦略を(1つの案件を担当している)3カ月の間に一生懸命作るんですよ。

 しかし必ずしも、自分たちが絶対に正しいと思うことにクライアントが情熱を燃やしてくれるとは限りません。正しくてもやってくれないとか、端っこのリソースでやってうまくいかず「やっぱりうまくいかないじゃないか」とか。コンサル側が情熱をもって説いても、相手に情熱が湧くとは限らないのです。答えをもらうより、自分で思いつくほうが人は情熱的になれます。

 だから情熱と正しさの重なる戦略が重要です。そしてベンチャーの場合、正しい戦略というのは案外難しくないんです。というのも、そんなに取ることのできるオプションがないので、「やるか死ぬか」しかないという状況ですね。大きくなると選択肢は変わってきますが。このために向かうべき戦略はあり、あとは情熱が湧くかどうかという中で、自らのスタンスを培ってきました。

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