「リアルワールド メタバース」はメタバースに勝てるか

 一方でここ最近、関心が高まっているのがメタバースである。メタバースは現実世界とは完全に切り離された仮想空間の中で行動してコミュニケーションする仕組みであり、XRと呼ばれる技術の中でもVRが担う領域となっている。現実世界と仮想世界を重ね合わせるARとは、ある意味で対照的な技術である。

 そのメタバースを巡ってはここ最近多くの企業が注力を表明している。中でも米Facebook(フェイスブック)は2021年10月28日、社名を「Meta(メタ)」に変更したと発表。メタバースに注力する姿勢を明確にしたことで大きな驚きをもたらした。

 だがそうした状況に、AR技術に注力するナイアンティックは危機感を抱いているようだ。同社のCEOであるジョン・ハンケ氏は最近の報道で、現実空間とは完全に切り離されたメタバースの広がりに懸念を示している様子を見せている。筆者はハンケ氏に何度か取材したことがあるが、以前よりVRは技術進化の方向として望ましくないものだと話しており、そうした反応を示すのは自然な流れともいえる。

 それだけに、今回のLightship ARDKの公開に当たって実施された記者説明会でも、同社の最高プロダクト責任者である河合敬一氏は「ここではないどこかを作る技術ではなく、今ここにある場所をいかに良くするかに技術を使いたい」と話していた。そこでナイアンティックは「リアルワールド メタバース」というコンセプトを打ち出し、AR技術を通じて現実世界を楽しく、豊かにする取り組みに注力するとしている。

 さらにナイアンティックはLightship ARDKの公開に合わせて「Niantic Ventures」を立ち上げ、2000万ドル(約23億円)規模でアーリーステージのAR企業に投資することも明らかにした。ARを活用したサービスの拡大に向けて力を注ぐ様子を見て取れる。それは同社がメタバース、ひいてはVRへの関心が高まっていることへの危機感から来ているのかもしれない。

ナイアンティックはLightship ARDKの公開に合わせて「Niantic Ventures」を立ち上げ、ARのスタートアップ企業に投資する姿勢も示している
ナイアンティックはLightship ARDKの公開に合わせて「Niantic Ventures」を立ち上げ、ARのスタートアップ企業に投資する姿勢も示している
(出所:ナイアンティック)
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 VRとAR、それぞれの技術が生み出すメタバースとリアルメタバースの世界観のうち、どちらが主流となるのか、あるいは共存していくのか、その将来像は現時点では見えていない。ただナイアンティックは世界的にARを主導する企業の1つであるだけに、同社の取り組みでメタバースへと向かいつつある社会の流れを大きく変えられるのかという点は、今後大きな関心を呼ぶことは確かだろう。

佐野 正弘(さの まさひろ)
フリーライター
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手掛けた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手掛ける。

[日経クロステック 2021年11月22日掲載]情報は掲載時点のものです。

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