生産性の低いIT業界に人材を移してどうする

 ただなぁ、と思う。実は、このまま「デジタル人材教育など片腹痛い」でこの記事を締めることができればよいのだが、そう歯切れ良く言い切れない面がある。コロナ禍での雇用の受け皿として、人月商売のIT業界を完全に否定できないからだ。こう書くと極言暴論の熱心な読者から「おやおや、どうしちゃったの。仮に人月商売が雇用の確保に貢献していたとしても、それでも駄目だとばっさり斬り捨てるのが木村流でしょ」と言われるかもしれない。

 まさにその通りなのだ。多少雇用の受け皿になるからといっても、人月商売のIT業界の多重下請け構造は「悪」でしかない。それでも歯切れが悪くなったのは、以前読んだ記事を思い出してしまったからだ。子供の頃からひどい境遇の中で生きてきた人が、ITの仕事によって貧困から脱出できたという話だ。労働集約型産業である人月商売のIT業界はハイテク産業でも何でもないから、学歴も経験も要らない。この人は懸命に勉強して派遣で仕事を変えていき、以前なら考えられなかった収入を得られるようになったという。

 確かに、多重下請け構造の末端の給与水準は低いが、他業種にはもっとひどいところがいくらでもある。そんなひどい待遇で働いてきた人にとっては、IT業界における最低水準の給与であっても、以前なら得られなかった収入となる。しかも誰でもデジタル人材になれるとくる。皮肉なことだが、人月商売のIT産業はハイテク産業とは似ても似つかぬ労働集約型産業であるがゆえに、コロナ禍で経済的苦境にある人に新たなチャンスを与えるかもしれない……。

 まあそんな訳で、今回は極言暴論らしからぬ切れの悪さになってしまった。だがよく考えると、やはり人月商売のIT業界、特に多重下請け構造を一部でも肯定するようなことを言っては駄目だな。先ほどの蟹工船の話からアナロジーすれば、それは明らかだ。つまり「失業者が大勢いるからといって、その人たちを蟹工船で働かせ、使い捨てていいのか」という話と同じである。やはり人月商売のIT業界へと人材を誘導してはならない。

 それに、もう少しマクロな観点から考えると根本的に駄目なことが分かる。何の話かと言うと、記事の冒頭で書いた「国家百年の計」に全くふさわしくないということだ。先進国の中で労働生産性が最低レベルの日本としては、より生産性の高い産業に人材を移していかなければならないのだが、人月商売のIT業界に人材を移してしまえば全くの逆効果になってしまう。

 だって、そうだろう。そもそも人月商売のIT業界は、客の要望通りのシステムを人海戦術でつくるのがビジネスの基本だ。これは客の企業が悪いのだが、パッケージソフトやクラウドサービスを使えば済むようなものであっても、SIerを通じて独自のシステムをつくらせる。システムが出来上がった後も、下請けITベンダーの「デジタル人材」が常駐して、システムの保守運用の業務を属人的に続けていくことになる。つまり、米国などの本物のIT産業とは比較にならないくらい生産性の低い世界であり、人材の無駄遣いである。

 とにかくデジタル人材の中身を吟味することなく、安直な政策をつくっては駄目だ。もちろん、経済的苦境にある人が人月商売のIT業界に職を求めるのは、成功例もあることだから止めはしない。業界の実態を理解したうえでの決断なら、悲惨な状況に追い込まれることもないだろう。だが、政策的に誘導するようなことになれば、「人の仕入れが容易になった」と人売りのITベンダーを喜ばせるだけで、何も良いことはないぞ。

『アカン! DX』

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著 者:木村 岳史
価 格:1980円(税込)
発 行:日経BP

[日経クロステック 2021年5月17日掲載]情報は掲載時点のものです。

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