青果店で働いていた人が翌日から「DBエンジニア」

 経歴詐称は人月商売のIT業界では「常識」なのだが、世間にはあまり知られていない。この経歴詐称は、昭和の時代から延々と続く下請けITベンダーによる不正行為の1つだ。詐欺に等しいわけだから、もっと厳しく犯罪的行為と言ったほうがよい。素人同然の人に「大手金融機関で○○システムの××の構築経験あり」といった経歴を与えることなど朝飯前だ。青果店で働いていた人が翌日から「DBエンジニア」になる、といったうそのような話すらある。

 まさに人売り業の「面目躍如」である。人月商売のIT業界を知らない人からすると「人売りなんて言い過ぎでは」と思うかもしれないが、素人同然の「IT人材」に経歴詐称させて客先に送り込むのだから、人売りとの名称が最もふさわしい。それに下請けITベンダーの経営者が自らそんな言辞を弄することもある。記者である私に向かって「この前、単価70万円で3人まとめて売れたよ」と平気で話す経営者がいて、面食らったことさえある。

 もう1つ言っておかないといけないのは、人月商売のIT業界においては、SIerに所属する技術者など一部を除けば、人は使い捨てにされるということだ。IT業界の好況はコロナ禍においても続いているが、こういうときは「猫の手も借りたい」ということで、下請けITベンダーがIT人材改めデジタル人材をかき集める。しかし一旦不況になれば、こうした人たちは容赦なく切り捨てられる。

 もう本当にひどい話だ。ただ、この私でさえ人月商売のIT業界を見続けていると感覚がまひしてくる。「よくあることじゃん」と思ってしまうほど、日常茶飯事なのだ。ただ世間の人たちはその実態を知ると一様に驚く。以前、次のような驚きの言葉を聞いたことがある。「もうびっくりです。日本にこんな産業がまだあるなんて。まるで蟹(かに)工船」。蟹工船とはもちろん小林多喜二の小説『蟹工船』のことだ。

 改めて人月商売のIT業界における人使いのひどさを書き連ねてみると、ITに関わる人たちを十把一からげで「デジタル人材」と呼ぶのはやはり犯罪的だな。しかも「経済的な苦境にある人にデジタル人材になってもらおう」などと能天気に考えている人は、人月商売のIT業界の実態をまるで知らないか、あるいは誤解している。だから記事の冒頭で「目まいがするほど深刻」と書いたわけだ。

 そんな状態でデジタル人材になるためのリカレント教育への支援が大々的に実施されたらどうなるか。もちろん教育を受けてもAI技術者やデータサイエンティスト、OSやミドルウエアを開発するような技術者にはなれないが、たとえ勉強をサボっていてもデジタル人材になれる。そして新たに誕生したデジタル人材の多くは、口を開けて待っている下請けITベンダーに吸い込まれ「経験豊富な技術者」として売られていく。

 という訳で、コロナ禍により職を失ったり休業状態にあったりする人を、デジタル人材にすべく教育支援しても、大概はろくなことにならない。もちろんユーザー企業やITベンチャー、あるいはSIerなどにデジタル人材として就職できるなら話は別だが、そういった人はごく一部だろう。とにかく人月商売のIT業界の多重下請け構造を何とかしない限り、デジタル人材は人売り業に「商品」として使い捨てられるのがオチだ。

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