本連載でこれまで見てきたように、日本には至るところに有望な技術が眠っている。その種を育て、実らせていくにはスタートアップ企業だけでなく既存の企業の力も欠かせない。

 この点で、モデルケースになりそうな企業がある。ユニークな素材を数多く手掛ける三洋化成工業だ。「界面制御」と呼ばれる技術を軸に、近年はスタートアップとの積極的な連携に注力。イノベーションを生み出す風土改革にも注力してきた。知名度は高くないが、その独創的な経営手法から1997年には日経ビジネスで1社特集を掲載したこともある。おむつの材料から「空飛ぶ携帯基地局」向けの全樹脂電池まで手掛ける同社の技術経営の神髄とは。

 2020年9月、米ニューメキシコ州でソフトバンク子会社のHAPSモバイル(東京・港)が空飛ぶ基地局「Sunglider(サングライダー)」のテストフライトを実施した。世界最大級の無人飛行機は地上約19キロメートルまで高度を上げ、飛行前に充電したバッテリーと太陽光発電だけで約20時間飛び続けた。

ソフトバンク子会社は20年に空飛ぶ基地局のテストフライトをした。写真は19年のカリフォルニア州でのテストフライトの様子(写真: NASA/Carla Thomas)
ソフトバンク子会社は20年に空飛ぶ基地局のテストフライトをした。写真は19年のカリフォルニア州でのテストフライトの様子(写真: NASA/Carla Thomas)

 独調査会社によれば、インターネットに接続できていない人口は世界で約37億人に及ぶ。サングライダーが実用化すれば、地上基地局がカバーできない地域の人々がネットに接続しやすくなり、災害時の利用などにも役立てられる。

 試験飛行の約3カ月後。三洋化成の関連会社APB(東京・千代田)とHAPSモバイルは、APBの開発する全樹脂電池を今後サングライダー向けに開発する基本合意を結んだと発表した。

APBが開発する全樹脂電池
APBが開発する全樹脂電池

 全樹脂電池とはその名の通り、通常金属の電池材料をすべて樹脂に替えたもの。電極などに樹脂を使うことで発火などの危険性が低く、軽量化できる。従来のリチウムイオン電池に比べエネルギー密度が2倍近くあるのが特徴だ。

全樹脂電池を開発したAPBの堀江英明社長
全樹脂電池を開発したAPBの堀江英明社長

 「ここまで踏み込んで一緒に開発してくれるところはなかった」。APB創業者の堀江英明社長は、東京大学の特任教授として全樹脂電池の材料探しに奔走していた2012年をこう振り返る。

 同氏はもともと日産自動車で電気自動車(EV)「リーフ」向けリチウムイオン電池の研究開発を現場で率いた電池の第一人者。1998年に全樹脂電池を構想し、肝心の材料の選定段階で様々な化学メーカーを回ったものの、適合する材料は見つけられていなかった。

 そんな中、2012年1月ごろにとある講演会で出会ったのが三洋化成の社員だ。三洋化成は1907年にできたせっけんの製造所が前身で、40年代に三井物産や東レなどが出資して創立した経緯がある。有機物を人工的に作る有機合成や、異なる材料の境界を制御し融合させやすくする界面制御は、三洋化成のコア技術だ。

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