水素の貯蔵・運搬インフラに
過疎化と高齢化が同時に進む地方では、重量のあるボンベの持ち運びはガス配送業者にとって負荷が高い。また、ガスをボンベに詰め替える事業会社は日本に1500社あり、その先には90万の事業者が配送を担っている。流通は非効率そのもので全コストの75%を輸送・管理費が占める。
アトミスはこのオールドエコノミーの業界を変え、宅配便のようにキュビタンを受け渡しできるようなインフラ網の構築を狙っている。


さらに、キュビタンにはセンサーを埋め込みIoT化。データを収集し個体ごとに使用量を把握することで、必要なとき、必要な量だけを配送するGaaS(ガス・アズ・ア・サービス)へと育てる。その実証実験は6月に始まり、2023年の商用化を目指している。
もっともアトミスにとってガスサービスは一里塚にすぎない。見据えるのは水素社会だ。
一般的な高圧ガスは150気圧だが、燃料電池車の水素ガスは700気圧と大幅に高く、超高圧に耐えられるタンクなどインフラコストはばかにならない。水素ステーションの建設には1基3~5億円かかり、インフラ総額は数兆円に達する可能性がある。
政府は水素供給インフラの整備に動きだしているが、都市部は水素化できても、それが地方まで及ぶかは未知数だ。コンパクトに水素を貯蔵できるボンベ容器を流通させることができれば、脱炭素の機運を地方でも起こせる。アトミスは30年をめどにこれまでより水素を4~5倍高密度に閉じ込められるMOFを開発。都市と地方の脱炭素エネルギー格差の解消に挑む。
メタンガスも有益な宝に化けさせる青写真を描く。田畑や家畜施設、汚泥処理場から排出されるメタンガスは温室効果がCO2の20倍と有害極まりない。メタンガスを回収しMOFのボンベ技術で流通させられれば家庭用燃料電池など向けの新たなエネルギーになる。
「量産には手を出さない」
もっとも、新素材は開発から日の目を見るまで足掛け何十年とかかる。スタートアップとして生き残るためのロードマップについて浅利CEOは「誰が何をどこまでやるのか役割分担を明快にしないと失敗する」と説く。キュビタンはアトミス自前のビジネスだが、それ以外にも種まきを進める。同社のMOF技術を用いた素材は大手からも注目を浴びており、三井金属鉱業など大手20社との間で共同開発が走っている。
浅利CEOは「我々がやるのは材料開発から量産に入る一歩手前の100kgほどの生産まで。そこまでの知的財産は取得し、ライセンス供与すれば事業として成り立つ」と説明する。量産となれば設備など固定費負担が一気にのしかかり、失敗したときのリスクも大きい。

スタートアップは0から1を生み出し、あとはオープンイノベーションを持ち掛けてきたパートナー企業に委ねる。それでも知財を通したライセンス供与で十分稼げると浅利CEOはそろばんをはじく。
アトミスはギリシャ語で「気体」の意味。気体を自在に操るノーベル賞級の技術を掘り起こし、エネルギーの課題に挑む。Atomisを後ろから読むと関西弁で「しもた」。
画期的な材料の収益化には膨大な時間がかかるが、素材やエネルギー会社に「しもた!やられた」と言わしめられるか。社員らは温故知新のジャングルジムときょうも格闘する。
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