サン・ニコラス島で1人で暮らす「孤独な女性」を描いた絵。(HOLLI HARMON. HOLLIHARMON.COM)
サン・ニコラス島で1人で暮らす「孤独な女性」を描いた絵。(HOLLI HARMON. HOLLIHARMON.COM)

 1853年、遠く離れた島を訪れたラッコ猟師たちが、1人の先住民女性を連れて米国カリフォルニア州のサンタバーバラに戻ってきた。彼女の年齢は50歳で、理解できない言葉を話し、その島で18年間も孤独に過ごしていたらしい。

 衝撃的で、ロマンチックな女性の物語は瞬く間に全米を魅了し、人々の想像力をかき立てた。ある記者は、「間違いなく、彼女は部族の最後の1人である」と書いた。

 名をもたず、物静かで、勇気ある「孤独な女性(ローン・ウーマン)」の物語は、いくつもの新聞記事になっただけでなく、スコット・オデルの児童文学『青いイルカの島』にも影響を与え、全米の小学校で教えられることになった。

 しかし、数々の史料に当たった現代の歴史家や考古学者は、この謎めいた女性に関する逸話には多くの誤りが含まれていると考えている。

女性版ロビンソン・クルーソー

 カリフォルニアの沿岸から約100キロ離れたサン・ニコラス島には、数千年前から先住民が暮らしていた。17世紀に島にやってきたスペイン人探検家は、この島に名前をつけ、先住民を「ニコレーニョ」と呼んだが、すぐに興味を失った。

 だが19世紀、この島に住む約300人の先住民の運命を大きく変える出来事が起きた。1814年、ロシアのラッコ猟師が毛皮を求めてサン・ニコラス島に上陸、大混乱を引き起こしたのだ。当時の文献によると、猟師の1人が殺された報復として、彼らはニコレーニョの90%を虐殺したという。生き残ったニコレーニョたちが、宣教師に連れられてロサンゼルス行きの船に乗り込んだのは1835年のことだった。すでに、島に豊富に生息していたラッコも絶滅寸前になっていたという。(参考記事:「宣教師を殺害したインド孤立部族、侵入者拒む歴史」

 ニコレーニョはすべて島を後にしたと考えられていた。ところが18年後の1853年、カリフォルニアの新聞に「女性版ロビンソン・クルーソー」が発見されたという記事が掲載された。(参考記事:「ロビンソン・クルーソー「実在神話」の真相」

 その数年前から「サン・ニコラス島にはまだ誰かが住んでいる」という噂があり、ラッコ猟師らの調査チームが彼女を発見し、「救出」したのだ。彼女は鳥の羽根で作ったスカートをはき、クジラの骨で作った小屋や洞窟に住み、アザラシの脂身や植物の球根、アワビや鳥を食べて生きていたという。

アワビは、カリフォルニア沖の島々に暮らしていた先住民の大事な食料だった。(DAVID LIITTSCHWAGER/NATIONAL GEOGRAPHIC IMAGES)
アワビは、カリフォルニア沖の島々に暮らしていた先住民の大事な食料だった。(DAVID LIITTSCHWAGER/NATIONAL GEOGRAPHIC IMAGES)

 彼女はサンタバーバラの街での新生活を楽しんでいたようだが、孤独であることに変わりはなかった。コミュニケーションの壁は越えがたかったし、本土には病気もあった。その病気が命取りとなり、彼女は「救出」から7週間もしないうちに死去した。生前、彼女はカトリックの宣教師から洗礼を受け、「フアナ・マリア」と命名されていた。

 歳月は流れ、この「高貴な未開人」の悲劇的な運命を知った作家スコット・オデルは、彼女をモデルに、孤島に一人きり取り残されながらもたくましく生き抜く少女カラーナの物語『青いイルカの島』を執筆、1960年に出版した。

『青いイルカの島』
『青いイルカの島』
「サン・ニコラス島の孤独な女性」の実話をヒントにスコット・オデルが創作した1960年の小説は、児童文学の名作として今も親しまれている。

次ページ 見えてきた真実