見えてきた真実

 歴史研究者のスーザン・モリス氏は、小学4年生のときに『青いイルカの島』を読み、「サン・ニコラス島の孤独な女性」の勇気と機知に魅了されたという。彼女は今、他の研究者とともに、彼女の歴史的位置づけを取り巻く神話や誤解を取り除くために数年がかりで研究を進めている。

 モリス氏によると、19世紀の人々は、彼女に関するさまざまな史料を見落としていたという。たとえば、サン・ニコラス島を訪れた猟師たち、「孤独な女性」の生涯最後の数カ月間に彼女と交流した先住民たち、彼女に洗礼を授けた宣教師たち、ロサンゼルスに連れてこられたニコレーニョたちに関する史料や、サン・ニコラス島の考古学的記録などだ。

サンタ・バーバラ島(本土の街サンタバーバラとは別)は、サン・ニコラス島に最も近い島の1つ。考古学者たちは、ニコレーニョやその他の人々がこの島を季節ごとに訪れて魚介類を採取していたかもしれないが、定住はしていなかっただろうと考えている。(TOM BEAN/ALAMY)
サンタ・バーバラ島(本土の街サンタバーバラとは別)は、サン・ニコラス島に最も近い島の1つ。考古学者たちは、ニコレーニョやその他の人々がこの島を季節ごとに訪れて魚介類を採取していたかもしれないが、定住はしていなかっただろうと考えている。(TOM BEAN/ALAMY)

 史料を総合的に眺めると、これまでとは大きく異なる物語が浮かび上がってきた。モリス氏らは、1835年に島を出たニコレーニョのその後を追跡した。その結果、少なくとも7人のニコレーニョがロサンゼルスに定住していたことがわかった。そのうちの1人はトマースと呼ばれる男性で、「孤独な女性」よりも長生きし、彼女が「最後のニコレーニョ」であるというロマンチックな描写を否定している。

 誰も彼女と会話できなかったという主張も正確ではないようだ。言語学者たちは、彼女の方言の中の4つの単語が、米カリフォルニア州南部で使われていたタキック語派のものであることを明らかにしている。サンタバーバラの先住民が話していたのはチュマシュ語なので、彼女の話を理解できなかったのだろう。

「孤独な女性」は、それでも身振り手振りを使って自分の話をしようとしたが、その話は、彼女をサンタバーバラに連れてきた白人男性たちによって、大きく誤解されていた。彼らは、彼女が島にとどまったのは、全島民がカリフォルニアに向けて出発しようとしていたときに幼い子どもがいなくなってしまったからで、子どもは見つかったが後に野犬に食べられてしまったと理解していた。

スペイン人宣教師と先住民
スペイン人宣教師と先住民
フェルディナンド・デッペによる19世紀のサン・ガブリエル伝道所の絵に描かれた「ガブリエレーニョ」たち。カリフォルニアにやってきた宣教師によって運命を大きく変えられた先住民はニコレーニョだけではない。18世紀にカリフォルニアにサン・ガブリエル伝道所を設立した宣教師は、先住民を強制的にキリスト教に改宗させてガブリエレーニョと呼び、過酷な労働を強いた。(THE HISTORY COLLECTION/ALAMY)

 しかし、19世紀後半にこの物語についてカリフォルニア先住民にインタビューした民俗学者のジョン・ピーボディー・ハリントンのメモを研究チームが検証したところ、「孤独な女性」は、実際にはよそものから身を隠していた息子と共に島に残り、ずっと2人で暮らしていたという。しかし、息子がおそらくサメに襲われて死んでしまったため、サン・ニコラス島を離れることに同意したのだ。

「孤独な女性」に関する情報探しは今も続いている。モリス氏らはロサンゼルスのニコレーニョに注目し、彼らの子孫を探している。これは「孤独の女性」に敬意を表するとともに、カリフォルニア先住民が植民地化や蔑視に負けずに、たくましく生き抜いてきたことを賞賛する機会でもある。

「彼らは何千年も前から、この土地に住んでいるのです。そして今日も生き続けているのです」。おそらく今後の調査によって、「孤独な女性」の死後に、ニコレーニョに何が起こったのか、さらなる事実が明らかになるだろう。風に吹きさらされたこの島に、新たな神話が生まれるのだ。(参考記事:「32年間イタリアの島で孤立生活をしてきた男性、退去へ」

[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2022年11月24日掲載]情報は掲載時点のものです。

ナショナル ジオグラフィック日本版 最新号

2023年のスタートを飾るのは特集「健康長寿」。1900年以降、世界の人々の平均寿命は2倍以上も延び、健康に長生きすることへの関心が高まってきました。老化を遅らせること、そして若返ることはできるのでしょうか?長寿研究の最前線を追います。このほか、フロリダのマナティー、ヒマラヤの秘境ムスタン、ボリビアのスケートボーダーなどの特集をお届けします。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「ナショナル ジオグラフィック」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

>>詳細・申し込みはリンク先の記事をご覧ください。