2021年11月14日、「静かなバス」で眠る乗客。香港では、不眠症の治療として「どこにも行かない」バスツアーが販売された。(PHOTOGRAPH BY BERTHA WANG, AFP/GETTY IMAGES)
2021年11月14日、「静かなバス」で眠る乗客。香港では、不眠症の治療として「どこにも行かない」バスツアーが販売された。(PHOTOGRAPH BY BERTHA WANG, AFP/GETTY IMAGES)
[画像のクリックで拡大表示]

 米カリフォルニア州サンディエゴに住むエリカ・ソーンズさんは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まったばかりのころに感染し、軽症となった。それから1カ月半後、毎夜午前2時か3時ごろに目が覚めるようになった。眠れないので、ポッドキャストを聞いたり、読書したり、ツイッターを見たりしていると、4時か5時ごろにようやくうとうとするようになる。10代の子どもが3人いるソーンズさんだが、それから2年以上たった今も、眠れぬ夜に苦しめられている。

 近ごろ感染した夫にも同じような症状が現れ、毎日午前3時ごろに突然目が覚めるようになった。検査で陽性反応が出なくなると睡眠は改善したが、それまでの間は深刻だった。「とてもショックを受けていました」とソーンズさんは話す。「私が目を覚ますことは知っていましたが、眠れないことがそこまでつらいとは思っていなかったようです」

 悪夢を見る。何日も眠れない。夜中にパニックになって目を覚ます。1日に18時間も寝てしまう。新型コロナの世界的な流行とともに、睡眠障害の報告も増えている。そういった症状は感染中だけでなく、その後も何週間、何カ月と続くこともある。(参考記事:「新型コロナで奇妙な夢や悪夢を見る人が増加、理由と対処法は」

 新型コロナと睡眠の関係はまだ解明されているわけではない。だが、一般論として細菌やウイルスに感染すると身体的・心理的に睡眠が妨げられることは、研究によってわかっている。専門家は、新型コロナウイルスが睡眠を乱す可能性を認識しておけば、必要なときに治療を受けることができると述べている。

程度により逆転する免疫系の睡眠への影響

 睡眠と免疫系が密接に関わり合っていること自体はよく知られているが、詳しい中身は謎のままだ。十分な休息をとれば感染に強くなるということは、人類が数千年前から経験的に知っていることであり、証拠もある。一方で、感染症は睡眠を乱すこともある。ただし、その仕組みは複雑だ。

 動物実験では、ウイルスや細菌によって睡眠の量(時間)も質も変化することが明らかになっていると、スウェーデン、ストックホルム大学ストレス研究所の睡眠研究室を率いるヨーン・アクセルソン氏は説明する。ウサギやげっ歯類に中等量の細菌やウイルスを注射すると、睡眠時間が増えた。質の面では、深い安眠状態を表し、回復にとって重要だと考えられているノンレム睡眠が増え、よく夢を見るレム睡眠は減った。

 アクセルソン氏によると、そこで重要な役割を果たしていると考えられているのが、炎症を誘発したり抑制したりする「サイトカイン」という物質だ。健康な動物を睡眠不足にさせると、脳内で一部の炎症性サイトカインの濃度が上昇し、通常より睡眠時間が増える。一方、それらのサイトカインを無力化すると、睡眠不足であっても睡眠時間は増えなくなる。

 ヒトでこのような実験を行うのは動物より難しく、疾患による睡眠の変化を調べた結果もさまざまだ。ただし、少なくともある程度は、他の動物と同じように、炎症分子が睡眠に影響を与えていることは確かなようだ。1990年代と2000年代初期にトーマス・ポルメヒャー氏らが、細菌の細胞壁に含まれる「内毒素(エンドトキシン)」をヒトに微量注射する実験を行ったところ、免疫系がわずかに活性化し、深いノンレム睡眠をよくとれるようになった。

 ただし、サイトカインの濃度がさらに上昇し、疾病の症状が出て免疫系が活発になると、ヒトは眠りが妨げられることが多い。これは、動物ではあまり見られない。「炎症系によって睡眠は促進されますが、熱が出れば眠れなくなります」とアクセルソン氏は話す。

次ページ なぜ新型コロナ回復後も睡眠障害が続くのか