
2022年9月26日、米国のスキー登山家ヒラリー・ネルソンとパートナーのジム・モリソン氏が、標高8163メートルの世界で8番目に高い山、マナスルに登頂した。49歳のネルソンがスキーで下山を始めた直後、小さな雪崩を引き起こし、その雪崩に飲み込まれてしまった。その2日後、モリソン氏がネルソンの遺体を発見した。
スキー登山家のヒラリー・ネルソンはかつて、熟考のうえ、こう語った。「人生において、私たちはしばしば安全策を取り、特に欧米では、身の回りのすべてを安全で快適なものにしたがります。その結果、行き先が見えるような選択が可能になるのですが、私の場合はいつも、どこに行くかわからないような選択をしてきました」
遠征先は、16カ国で40回以上
ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるネルソンには独特の放浪癖があり、16カ国で40回以上の遠征を行った。世界中の高峰を探索し、しばしばスキーで下山した。2012年には、エベレストとローツェという2つの8000メートル峰を24時間以内に縦走するという女性初の快挙を成し遂げた。6年後、ネルソンはローツェに戻り、世界で初めてその頂上からスキーで滑降した。(参考記事:「型破り登山家、1カ月で6つの8000m峰に登頂成功」)
ネルソンは高峰での豊富な経験に加えて、日々の子育てから世界の山々での新たな滑降まで、人生の課題に対する地道で誠実な姿勢を深く尊敬されていた。2018年、ネルソンはザ・ノース・フェイスのアスリートチームのキャプテンに就任した。世界で1人しか持っていなかった肩書だ。また、ナショナル ジオグラフィック協会の助成対象者として、2018年の「アドベンチャラー・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた。
ネルソンは英雄として数々の功績を残したが、友人たちは思慮深い人物で、静かなリーダーであり、決して脚光を浴びようとはしなかったと回想している。山を舞台に活動する若い世代のアスリートにとって、ネルソンの死は特につらい出来事だ。
いくつかのプロジェクトでネルソンとコラボレートした映像作家のテイラー・リース氏は「彼女はアスリートとして、身体能力の限界に挑戦する人物と評価されていましたが、私から見ると、とても情熱的な人でした」と語る。「彼女は自分の弱さを認め、とても正直に優雅に課題や恐怖と向き合っていました」
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