赤外線で、人々の体温が周囲よりも高いことがわかる。ロンドンのジュビリーガーデンズで。(PHOTOGRAPH BY GILES PRICE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
赤外線で、人々の体温が周囲よりも高いことがわかる。ロンドンのジュビリーガーデンズで。(PHOTOGRAPH BY GILES PRICE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)
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 150年もの間、米国では健康な人の平均体温は37℃とされてきた。だが、この値は正しくない。

 少なくともこの20年間、専門家たちは、平均体温は実際にはもっと低く、およそ36.6℃であり、正常な体温の範囲は35.7℃から37.4℃と認識していた。それでも、保護者や医師たちの間で、37℃という数字は固定概念として定着し、ドラッグストアに並ぶ体温計や医療機関のウェブサイトにも表示されている(編注:日本では1957年に医学誌に発表された論文に基づく36.89℃が一般的とされている)。

「医師も一般の人たちと変わりありません」と、米スタンフォード大学の感染症専門医、ジュリー・パーソネット氏は話す。「私たちは子どもの頃から、37℃が正常な体温と教えられてきたのです」

 だが、体温には個人差がある。さらに、年齢、体形、身体活動、食事、持病、測定した時間帯、測定方法など、多くの要素が体温に影響する。一般に、体温は、耳の中、舌下、脇の下、直腸、額などで測定するが、現在では、飲み込み型のカプセル体温計もある。平均体温は、このような体温計の種類によっても、微妙に異なる値になる。

 健康な人の体温や、体温が適正な範囲から逸脱する要因を研究すれば、人体の働きをより深く理解できる。人体が適切に機能するには、約1.67℃の狭い範囲に体温を維持する必要がある。この範囲を超えると、神経細胞の働きが鈍くなり、筋肉や臓器の働きの効率が悪くなり、細胞のタンパク質も影響を受けるおそれがある。そこで、私たちの体は、暑ければ汗をかいたり、寒ければ血管を収縮させたりして、適正な体温を維持しようと懸命に働いている。

「(脳の)視床下部から、血液の温度が不適切になっているよ、という信号が出されるのです」と、パーソネット氏は話す。

 また、体温は、病気に反応して変化することもある。たとえば発熱すると、一部の病原菌が死滅し、免疫システムの働きが加速すると考えられている。

過去160年間における約20万人分を分析

 37℃という基準値は過去には正しかったかもしれないが、いまでは基準値が変化している、とパーソネット氏は考えている。つまり、人間の体温が下がってきているのだという。

 パーソネット氏はもともと、米国人の平均体重が昔よりも増加した理由を研究しようとしていた。そこで、体温と代謝作用との関連に着目した。「数十年前の人々の平均体温がわかるコホート(統計集団)を何年も探していました」

 そのコホートが、「南北戦争退役軍人シリーズ(Civil War Veterans Series)」から見つかった。これは、ノーベル賞を受賞した経済学者、ロバート・フォーゲル氏が1978年に収集を始めたデータで、北軍の退役軍人の職業、疾患、障害などに関する健康の情報が記載されており、パーソネット氏が探していた体温のデータも含まれていた。

 2019年、スタンフォード大学のパーソネット氏らは、南北戦争当時のデータと、1970年代の健康調査の結果、さらに、現代のスタンフォード大学メディカルセンターのデータを組み合わせ、過去160年間における約20万人分の体温測定の結果を完全なデータとしてまとめた。このデータを分析したところ、現在の米国人の平均体温は、男性では19世紀初期に生まれた場合と比べて約0.59℃、女性では1890年代に生まれた場合と比べて0.32℃低くなっていると算出された。論文は2020年1月に学術誌「eLife」に発表されている。

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