より簡単で、安く治療できるように

「科学的にも医学的にも、これは画期的な成果です」とリプスマン氏は言う。とはいえ、この治療は多くの専門的な機材と訓練を受けたスタッフを必要とするものであり、すべての病院でできるわけではない。

 資金、利用できるMRI、技術協力者の不足に業を煮やしたコノファゴウ氏は、血液脳関門を開く集束超音波の誘導(ガイド)においてMRに依存しない、携帯型のニューロナビゲーションシステムを開発した。専用のMR機器がなくとも治療が行えるよう、既存のMRI画像を使ってターゲットを見つけ、携帯型の装置から超音波を使って脳関門を開くという、よりシンプルな方法を編み出したのだ。

 MRガイド下集束超音波治療およびマイクロバブル使用のパイオニアであるトロント大学の医学物理学者クラーボ・ヒニネン氏もまた、MRのガイドがなくても使える、より高性能でカスタマイズ可能な次世代集束超音波ヘルメットを開発している。

 再利用可能なこのヘルメットによって、一連の治療をすべて含めても500ドル(約6万7500円)程度まで費用が減ると氏は考えている。技術がさらに進歩すれば、いずれは患者が自宅でくつろぎながら治療を受けられるようになるかもしれない。「長期的にはそこを目指しています」と、ヒニネン氏は言う。氏は、カナダ政府がこの装置を認可するまでには5年程度しかかからないと予想している。

「チャンスがあれば何度でも」

 すでに数多くのチームが、集束超音波にかかわる技術の改良に取り組んでいる。政府による認可については、リプスマン氏は、原発性または二次性の脳腫瘍などのがんへの適用が、今後2、3年以内に前進する可能性が高いと考えている。なぜならがんの場合は、腫瘍の縮小や生存率の向上といった望ましい結果の定義が、神経変性疾患よりはるかにシンプルで時間もかからないからだ。そこから、より大規模な神経変性疾患の臨床試験がそう遠くない時期に行われることを、氏は期待している。

 2022年2月、マイケル・バトラーさんは予後1年を迎えた。2021年に診断を受けた際に予想された余命の最短ラインだ。最長ラインは18カ月であり、8月にはその時を迎える。バトラーさんは現在、1分1秒を大切に過ごしている。2021年10月に最後の集束超音波治療を受けた後、彼は15回目の結婚記念日に、妻と一緒にカナディアン・ロッキーの列車の旅に出かけた。最近では、子どもや孫を連れてディズニーワールドにも行った。

 3月、スキャン画像により、もともと腫瘍があって化学療法を受けた部位に怪しげな新しい組織が認められたため、バトラーさんはすぐに再度の手術を受けた。検査の結果は、大いに胸をなでおろすものだった。それは単なる瘢痕組織(傷跡)で、がんではなかったのだ。

 ときに苦しく、何の保証もないこうした臨床試験にバトラーさんが協力するのは、子どもや孫ともっと多くの時間を過ごすためだという。バトラーさんは、今後も集束超音波治療の臨床試験に参加していきたいと語る。

「わたしが実験台になります。チャンスがあれば、何度だってやりますよ」

[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2022年6月22日掲載]情報は掲載時点のものです。

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