ウクライナ西部からルーマニア、ザルネシュティにあるクマの保護区まで、30時間かけて車で移送されたユーラシアヒグマのマーシャ。ロシアのウクライナ侵攻によって、何千もの動物が居場所を失っている。(PHOTOGRAPH BY JASPER DOEST)
ウクライナ西部からルーマニア、ザルネシュティにあるクマの保護区まで、30時間かけて車で移送されたユーラシアヒグマのマーシャ。ロシアのウクライナ侵攻によって、何千もの動物が居場所を失っている。(PHOTOGRAPH BY JASPER DOEST)

 ロシア軍の侵攻によりウクライナから、女性や子ども、老人ら多くの難民が逃れてきた隣国ルーマニアの町ハルメウ。そこに一緒にやってきたのは、マーシャというメスのユーラシアヒグマだった。(参考記事:「動物大図鑑:ヒグマ」

 マーシャは、バンの荷台に設置されたケージの中で休んでいた。彼女を運んできたのは、ウクライナを拠点とする動物保護団体「ウォリアーズ・オブ・ワイルドライフ」の創立者で代表者のライオネル・デ・ランゲ氏。バンをレンタルし、20時間かけてルーマニアとの国境にたどり着いた。国境を越える車の列に並ぶ間、マーシャに新鮮な空気を吸わせてやろうと、デ・ランゲ氏は車の後部ドアを開けた。

クマがつかの間の笑顔をもたらす

 すると、クマの姿を見て人々が近寄ってきた。デ・ランゲ氏は少し身構えた。過去に、「なぜ人間を助けないで、動物なんか助けているんだ」と非難された経験があったためだ。

 しかし、そんな言葉を口にする人は誰もいなかった。それどころか、マーシャの存在が、過酷な状況にある人々につかの間の笑顔をもたらしたのだった。「このクマも、自分たちと同じで、どこにも行き場がなく、誰も世話をしてくれず、大変な目に遭っている、と理解してくれたのでしょう」

到着直後、囲いの中から外の様子をうかがうマーシャ。(PHOTOGRAPH BY JASPER DOEST)
到着直後、囲いの中から外の様子をうかがうマーシャ。(PHOTOGRAPH BY JASPER DOEST)

 マーシャとデ・ランゲ氏のエピソードが浮き彫りにするのは、人間だけでなく、動物までもがロシアによる残虐な戦争の犠牲になっているという事実だ。そして、デ・ランゲ氏のように、動物たちの命を守るために自らの命を危険にさらす人々がいる。動物たちを安全な場所へ移送するために危険な旅に挑む者もいれば、戦地に残ってエサ不足や絶え間ない爆発音に脅かされながら動物園や保護区の動物やペットの世話を続ける飼育員もいる。

「この先どうなるのかわからないから、誰もが不安なんです」と、デ・ランゲ氏は語った。

 2022年3月21日、マーシャはルーマニア、ザルネシュティにあるリバティ・クマ保護区に到着した。ここには、ヨーロッパ各地のサーカスや修道院、ホテル、観光地などから保護された117頭のヒグマが暮らしている。

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