3DカメラシステムとAIを使って、北京大学の韓敬東氏は、人の生理学的年齢を判断するシステムを開発した。写真は、平均的な漢民族の女性の顔が年齢とともに変化する様子を示している。生理学的年齢は、実年齢と7.5年離れることもある。(IMAGE BY JING-DONG JACKIE HAN, PEKING UNIVERSITY)
3DカメラシステムとAIを使って、北京大学の韓敬東氏は、人の生理学的年齢を判断するシステムを開発した。写真は、平均的な漢民族の女性の顔が年齢とともに変化する様子を示している。生理学的年齢は、実年齢と7.5年離れることもある。(IMAGE BY JING-DONG JACKIE HAN, PEKING UNIVERSITY)
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 年齢とは、生まれてから経過した年数だ。何を当たり前なと思うかもしれないが、これとは別に生物学的な年齢という考え方がある。個人差がある老化の度合いなどを加味した年齢であり、人の老化や健康状態を表す尺度としては、生物学的年齢のほうがむしろ「本当」と言えるだろう。

 私たちの生物学的年齢は、環境や食事、運動の習慣など、さまざまなものの影響を受けている。人によっては、生物学的年齢が実際の年齢から大きくかけ離れている場合もあり、生物学的年齢を特定するのは簡単ではない。

 北京大学の計算生物学者である韓敬東(ハン・ジンドン)氏は、AIを使って人の顔の3D画像を作成し、生物学的年齢を割り出す「顔の老化時計」なるものを開発した。顔を「読む」ことによってその人の健康を占う、中国古来の「相人術」にヒントを得て、韓氏とそのチームは、中国黒竜江省鶏東県の住民約5000人の顔を撮影した3D画像を分析し、AIによって実年齢と生物学的年齢を推測する”時計”を作成した。論文は2020年9月、学術誌「Nature Metabolism」に発表された。(参考記事:「健康長寿 科学で老化を止められるか」

 これらの時計は、目尻が下がったり、鼻が広がったり、顎がたるんだり、鼻と口の間が次第に離れていくといった、時の流れに伴う顔の変化を追っている。顔の特徴のなかには、体の不調と関係するものがあることがわかっている。例えば、皮膚のたるみは全身性の炎症の表れだという。

 米国カリフォルニア州ロスアルトスにある医療用AIのスタートアップ企業の創業者兼最高経営責任者を務めるアンドレ・エステバ氏は、韓氏の研究が予防医学を根底から覆す可能性を秘めていると話す。「写真を撮るだけで生物学的年齢がわかるなら、その人のライフスタイルに大きな影響を与えるでしょう」。また、ガンの化学療法など、老化を早める治療を受ける患者へのケアや、老化に関する研究にも役立てられるかもしれない。

 AIのモデルを作るには、最初から正解の例を用意しておく必要がある。AIはその正解データを使って、新しいデータの読み取り方を学ぶ。例えば今回の研究の場合、被験者の年齢をその人の顔と組み合わせることができる。しかし問題は、生物学的年齢には判断基準となるものがないことだ。

 英ロンドン大学で年齢と慢性疾患の関係を研究しているクリストファー・ベル氏は、「生物学的年齢とは、どちらかといえば加齢とともに体全体に生じる様々な現象のことをまとめて呼ぶ言葉です」という。例えば、老化のマーカー(目印)には、テロメア(染色体の末端にあり、その劣化を防ぐ役割を果たす)が短くなっていくことや、ミトコンドリアの減少、免疫力の低下などが含まれるが、そのなかのどれか一つだけを老化のマーカーとして選択するというのは難しい。(参考記事:「特集ギャラリー:健康長寿 科学で老化を止められるか 写真と図解21点(2023年1月号)」

顔の老化時計の作り方

 韓氏は2016年に、他の人から見て何歳くらいに見えるかという「見た目年齢」を測る時計を作ろうと考えた。そのヒントとなったのは、2009年に英国の医学誌「BMJ」に掲載されたある研究だった。ボランティアが、双子の写真だけを見てそれぞれの年齢と健康状態を推測する。その7年後、双子の健康状態を調べてみると、年上に見えた双子の方は健康状態が比較的悪く、認知機能も劣り、早死にする可能性が高いことがわかった。

 明らかに、見た目年齢は生物学的年齢と関係があり、健康状態も示していると韓氏は考えた。韓氏自身も、顔の3D画像を取り入れた研究を2015年3月に学術誌「Cell Research」に発表している。この研究は、北京に住む300人の被験者を基に開発した統計モデルによって、顔の3次元的な特徴から老化の度合いを推測できることを示していた。

 その頃、血液中のマーカーと年齢との関係について調べていた韓氏は、当時所属していた中国科学院マックス・プランク協会計算生物学研究所に顔の3D画像装置があることに気付いた。そこで、血液サンプルを採取する際にこれで被験者の顔を撮影し、老化についてその画像からわかることと血液マーカーからわかることを比較してみようと考えた。

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