
アルツハイマー病は進行性の脳疾患で、多くは65歳前後で発症し、徐々に記憶障害、人格変化、精神障害などをきたし、最終的には死に至る。米国では現在、65歳以上の人々のうち約650万人がアルツハイマー病であると推定されている。米非営利団体アルツハイマー病協会は、2050年には1270万人に達すると予想している。
現時点では、一部の症状に対処する薬はあっても、アルツハイマー病を完治させる薬はない。アルツハイマー病患者やその家族は、軽度のうちに病気の進行を遅らせて、自立した日常生活を送れる期間を延ばす治療法を切望していると、米カリフォルニア大学アーバイン校の神経生物学者ジョシュア・グリル氏は話す。
これまでの研究から、アルツハイマー病患者の脳にはアミロイドβ(ベータ)という有害なタンパク質の塊(アミロイド斑)が蓄積していることがわかっており、この物質がアルツハイマー病の原因なのではないかという説が有力だった。
そのため、過去20年ほどのアルツハイマー病治療薬の開発はアミロイド斑を除去することに集中しており、米食品医薬品局(FDA)が最近になって承認した2種類のアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」と「レカネマブ」も、アミロイドβを除去するように設計されている。
どちらも日本のエーザイと米バイオジェンが共同開発したモノクローナル抗体薬だが、アデュカヌマブが水に溶けない形のアミロイドβにより強く結合するのに対し、レカネマブは、ニューロン(神経細胞)に対する毒性がより強いと考えられている「プロトフィブリル」と呼ばれる、水に溶ける形のアミロイドβを標的としている。(参考記事:「コロナワクチンの代替策として注目、モノクローナル抗体とは」)
2021年に承認されたアデュカヌマブは、臨床試験(治験)でアミロイドβを除去できることは確認されたが、認知機能の低下を遅らせる効果はわずかだったため、承認されるべきではなかったと考える専門家も多い(編注:日本では未承認)。また、一部の患者では、脳の腫れや出血などの副作用が発生していた。(参考記事:「アルツハイマー新薬、米当局の承認に異論噴出」)
一方、2023年1月にFDAが「迅速承認」したレカネマブは、認知機能の低下を遅らせる効果があることが初めて治験で示された薬だ。今回の承認は、レカネマブが早期アルツハイマー病患者の脳内のアミロイド斑を除去することを示した第3相治験に基づく。治験開始から18カ月後に患者の認知機能を評価したところ、レカネマブを投与された患者では、プラセボ(偽薬)を投与された患者に比べ、認知機能の低下が27%少なかったという。この結果は2023年1月5日付けで医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表された。
しかし、米バンダービルト大学医療センターの神経科医マシュー・シュラグ氏は、治験で示された効果はごくわずかだと批判し、投与によるリスクや安全性を懸念している。氏は、アミロイドβはアルツハイマー病という複雑なパズルの1つのピースにすぎず、病気の進行を遅らせたり止めたりする上で重要かどうかはわからないと考えている。
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