自然の時間の流れの中では5年、10年待ちもある

──噴火で話題になった西之島や、国内最後の秘境といわれる南硫黄島など、過酷な孤島でのフィールドワークを行う中で、現実的にも科学的思考に命を助けられた経験はありますか?

 色々とつらいことはありますが、実は本当に命に関わるようなピンチはありません。僕らは冒険家ではなく研究者なので、常に安全に気を使い、万が一ということが起こらない状況をつくって作業をしている。僕らのチームで何かあれば、調査そのものが止まってしまう可能性があるし、次の世代が研究できなくなってしまうかもしれない。だから命を懸けるような危険なことはしちゃいけないんです。

 ただ、科学の話で言えば、例えば崖を登っていて上から石が落ちてきた場合。落ちてくる石の動きというのは、物理的な法則に従いつつ、ちょっとしたことでランダムになる。上の方にある間に避けても仕方なくて、いざすぐ近くまで転がり落ちてきた時に、最後にどこにぶつかるかによって、どっちに向かって飛ぶかが決まる。だから上に石がある間は冷静に見ておいて、最後にどこにぶつかるかだけ気にしておけば確実に避けられる、というようなことはあります(笑)。ヌルヌルの岩の上でバランスを崩したときにも、重心を考えると、どの角度まで倒れたらもう起き上がれないかは分かるので、途中までは転ばないように踏ん張りますが、ある程度を超えると諦めて安全に転ぶ努力に切り替える判断もできます。

──離島でフィールドワークをする鳥類学者にとっても、コロナ禍のこの未曾有の事態は身動きが取れない苦境ですね。今のこの状況をどのように捉えていますか?

 離島は医療が脆弱で、コロナ患者が1人出るだけでも容易に医療崩壊になってしまう。新型コロナウイルス感染症の拡大は、島の人にとっては都会とは全く違う恐怖があります。安易に出入りはできません。

 僕はこういうときはアニメ『愛少女ポリアンナ物語』の主人公を思い出し、どんな苦境でも「良かった探し」をするんです。

 小笠原諸島に分布するオガサワラカワラヒワという鳥がいます。レッドリストで最も絶滅可能性が高いとされる「絶滅危惧IA類」に指定されています。島民や研究者、関係機関の人が集まって保全計画のワークショップを予定していましたが、コロナ禍で集まれなくなってしまった。ウェブ会議だと議論がしにくい、発言していない人に話を振りづらい。この鳥を救うにはこのタイミングしかないのに、という思いは募りますが、今の時代だからオンラインで開催することができて、その結果、旅費や移動日程などで普段なら来られない人も参加できた。「良かった探し」です。

 未曾有の事態という点で言えば、これまでにも研究調査地の西之島が噴火したり、1997年には母島に猛烈な台風が来て、調査地の一角が何ヘクタールも崩れて失われたりと、苦境には繰り返し立たされてきました。たった3キロメートル先の島に調査に行きたくても、海が荒れて行けないまま、繁殖期の関係で次の調査は1年後になってしまうこともあります。自然と付き合うというのはそういうことで、僕らの力ではどうしようもない時間の流れがある。今年がダメなら1年待ちは当然、場合によっては5年、10年待ちです。

 ただ、僕らの研究のいいところは、時間スケールがすごく長いこと。研究の世界では「一般性」というものがすごく重視される。今年の結果と来年の結果が違ったら、それはある種が安定して持っている性質そのものではなく、環境によって変わる性質なんだということが逆に証明できるわけです。

研究対象である小笠原諸島の鳥の標本。研究に使用する棒状になったこのような形状の剥製を「仮剥製」と呼ぶ。背後の棚に並ぶ一般的な剥製は基本的に「展示物」で、研究にはあまり使わないという
研究対象である小笠原諸島の鳥の標本。研究に使用する棒状になったこのような形状の剥製を「仮剥製」と呼ぶ。背後の棚に並ぶ一般的な剥製は基本的に「展示物」で、研究にはあまり使わないという
「標本は時間や場所を超えて形態の検証を可能にし、その場所にその鳥が存在した事の証拠となる、研究に欠かせない存在」(川上氏)
「標本は時間や場所を超えて形態の検証を可能にし、その場所にその鳥が存在した事の証拠となる、研究に欠かせない存在」(川上氏)

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