国内外で沸き起こるレコードブーム。その産業を支えるいぶし銀メーカーが日本に多いことはあまり知られていない。日本海沿いの町に本社を構える日本精機宝石工業(JICO)はその1社。デジタル技術やDXとはほぼ無縁で丹念なものづくりだけが息づく。その質実剛健さが世界のファンを虜(とりこ)にしている。

 兵庫県北部、人口1万3000人ほどの新温泉町。「今日はアフガニスタン行きに、イタリア行き、あとはキューバ行きもあるな」。日本海に面した田舎町から世界各国のレコード愛好家たちにレコード針が郵送される。送り主は同町に本社を構えるJICO。レコード針製造の世界大手だ。

 大阪から電車を乗り継ぐこと4時間。JR浜坂駅からグーグルマップを頼りにJICOの工場を目指して歩く。もう到着してもいいころだが、工場らしき建物が見当たらない。その先にひなびた平屋建てがぽつんと建っている。工場(こうば)と呼ぶにふさわしい外観で古い面影が残る。ここが世界100カ国以上と取引するJICOの本社だ。

 
JICOの仲川社長は古くからのものづくりこそ利益の源泉と説く(写真:松田 弘、以下同)
JICOの仲川社長は古くからのものづくりこそ利益の源泉と説く(写真:松田 弘、以下同)

祖業は布団を縫う針

 「これがうちの祖業ですわ」。仲川幸宏社長が和紙の包み紙から取り出したのは、布団を縫うための針だ。創業は明治6年にさかのぼる。冬場は風雪で家にこもるしかなかった但馬地方の人々が家内工業として針の製造を手掛けたのがルーツだ。今も同町では毎年4月に「針祭り」が催される。明治から戦前にかけては、多くの縫い針業者が軒を連ねていたが、今は2社だけになっている。

 JICOは縫製業の衰退とともに戦後、蓄音機向けの針を製造。レコードが大衆文化として広まった1960年代にレコード針の製造を始めた。

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